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2017年 更新中
by xMUGIx
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ボルボン朝

国王カルロス4世の子供


●カルロッタ・ジョアキナ 
ポルトガル王ジョアン6世と結婚
●マリーア・アマリア 
アントニオ王子と叔父と姪の近親結婚
●マリーア・ルイーサ 
エトルリア王ルドヴィーコと結婚
●フェルナンド7世 次々代国王
●カルロス
ポルトガル王女マリア・フランシスカと叔父と姪の近親結婚・死別、
ポルトガル王女マリア・テレザ(前妻の姉)と叔父と姪の近親再婚
●マリーア・イサベル
シチリア王フランチェスコ1世の後妻・死別、
バルソ伯爵フランチェスコと再婚
●フランシスコ・デ・パウラ 
シチリア王女ルイサ・カルロッタと叔父と姪の近親結婚




●カルロッタ・ジョアキナ 
1775-1830 55歳没
ポルトガル王ジョアン6世と結婚
1767-1826 59歳没
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●マリーア・アマリア
1779-1798 19歳没
アントニオ王子と叔父と姪の近親結婚
1755-1817 62歳没
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●マリーア・ルイーサ 
1782-1824 42歳没
エトルリア王ルドヴィーコと結婚
1773-1803 30歳没
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●フェルナンド7世 次々代国王
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●カルロス
1788-1855 67歳没
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■前妻 ポルトガル王女マリア・フランシスカと叔父と姪の近親結婚 死別
1800-1834 34歳没
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■後妻 ポルトガル王女マリア・テレザ(前妻の姉)と叔父と姪の近親再婚
1793-1874 81歳没
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●マリーア・イサベル
1789-1848 59歳没 
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■前夫 シチリア王フランチェスコ1世の後妻・イトコ結婚・死別 
1777-1830 53歳没
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■後夫 バルソ伯爵フランチェスコ
1805-1882 77歳没
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●フランシスコ・デ・パウラ 
1794-1865 71歳没
シチリア王女ルイサ・カルロッタと叔父と姪の近親結婚
1804-1844 40歳没
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by xMUGIx | 2006-01-23 00:00 | スペイン

ボルボン朝

◆国王カルロス4世
先代カルロス3世の子
1748-1819 40歳即位 71歳没
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::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
当時の記録

カルロス4世は人を疑うことを知らない愚鈍な王であった。
完全に正直で極端に親切で騙されやすい。狩猟以外に趣味はない。

王は毎日15分国政に時間を割いている。残りの時間は旋盤工になったり
武器職人になったり狩人になったりして過ごしている。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


カルロスは大柄で力持ちだったが、
指先が器用で工房で細かい物を作るのが好きだった。


■妻 マリア・ルイサ・デ・ボルボン=パルマ イトコ結婚
パルマ公フィリッポ1世の娘
1751-1819 14歳結婚 68歳没

before
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after
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彼女は勝気で虚栄心が強く、おしゃべりや外出を好んだ。
そして結婚直後から次々と愛人を作った。
舅である国王カルロス3世は激怒して嫁の愛人たちを片っ端から追放した。
しかし、「あの男がいなければ妻のルイーサが悲しみますから呼び戻してほしい」
と夫カルロス4世は父に頼んだ。


★王妃の愛人ゴドイ
1767-1851 84歳没
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うるさい舅カルロス3世が亡くなってからは
マリア・ルイーサは近衛兵だったマヌエル・ゴドイを愛人とし
従順な夫のおかげで思い切り快楽を貪ることができた。
カルロスもゴドイが気に入ったので王妃は愛人ゴドイと政治を行った。


■ゴドイの妻 マリア・テレサ
1779-1828 49歳没
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そしてゴドイをカルロスのいとこチンチョン伯女マリア・テレサと結婚させ一族に迎えた。


■ゴドイの愛人 ペピータ
1779-1869 90歳没
しかしゴドイには結婚前から女優のペピータ・トゥドーという愛人がいた。
妻妾同居という状態であり食事も3人で食べなければならなかった。

王妃はを別にも新しい愛人を作ったが、王妃とゴドイの関係は王妃の死まで31年も続いた。
王妃は「私たちの関係は地上における三位一体です」と述べ失笑をかった。

優柔不断なカルロスの政治姿勢は国内に大きな混乱を巻き起こし国民の反発を招いた。
ナポレオンがスペインを占領したとき王と王妃とゴドイは一緒に逮捕された。


★王妃のライバル アルバ女公カイエタナ
1762-1802 40歳没
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カイエタナとは愛人を取り合ったり、贅沢合戦を繰り広げたり、犬猿の仲で長年のライバルだった。




●カルロッタ・ジョアキナ 
ポルトガル王ジョアン6世と結婚
●マリーア・アマリア 
アントニオ王子と叔父と姪の近親結婚
●マリーア・ルイーサ 
エトルリア王ルドヴィーコと結婚
●フェルナンド7世 次々代国王
●カルロス
ポルトガル王女マリア・フランシスカと叔父と姪の近親結婚・死別、
ポルトガル王女マリア・テレザ(前妻の姉)と叔父と姪の近親再婚
●マリーア・イサベル
シチリア王フランチェスコ1世の後妻・死別、バルソ伯爵フランチェスコと再婚
●フランシスコ・デ・パウラ 
シチリア王女ルイサ・カルロッタと叔父と姪の近親結婚
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by xMUGIx | 2006-01-22 00:00 | スペイン

ボルボン朝

◆国王カルロス3世
先代フェルナンド6世の弟
1716-1788 43歳即位 72歳没
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カルロスはスペイン国王として呼び戻されるまで
ナポリ・シチリア王として24年間統治した。
善政を成して民衆から慕われた。
その手腕を活かしてスペイン国王に即位した後も多くの改革に着手した。


■妻 マリーア・アマリア・デ・サホニア←マリア・アマリア・フォン・ザクセン
ザクセン選帝侯&ポーランド王アウグスト3世の子
1724-1760 14歳結婚 36歳没
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::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
当時の記録

〔王妃は〕背が高くがっちりしている。
鼻は料理用の焼き型のような形をしており、目は小さく飛び出ている。
声は甲高く全体に変わった風貌をしており、どちらかといえば不快である。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


しかし二人は最初に会った時からお互いにとても気に入って、子供が次々と生まれた。

ナポリ時代は花火やカーニバルなど楽しいことが多かったが
夫と共にスペインに移住してからは堅苦しい国風にとまどったようだ。
「ここは雨ばかり降って風も強い。晴れた日は暑くて不快です。
おいしい果物もありません。ナポリの果物は本当においしかった」
と手紙に書いている。

スペインの風土が合わなかったのか、毎年出産したことが負担となったのか
大食だったせいなのか、タバコ好きだったせいなのか
スペインに来てわずか1年で死亡する。

カルロスはその後再婚せず残りの28年を過ごした。
大切な妻であると同時に狩猟や釣りの趣味を共有できた仲の良い友人でもあったので
彼女以外の伴侶は考えられなかったからである。


●マリア・ホセファ・カルメラ 未婚
●マリア・ルイサ 
オーストリア皇帝レオポルト2世と結婚
●カルロス4世 次代国王
●フェルナンド 
オーストリア皇女マリア・カロリーナと結婚
●ガブリエル 
ポルトガル王女マリアナ・ビクトリアと結婚
●アントニオ・パスクアル 
マリア・アマリア王女と叔父と姪の近親結婚




●マリア・ルイサ 
1745-1792 47歳没
オーストリア皇帝レオポルト2世と結婚
1747-1792 45歳没
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●カルロス4世 次代国王
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●フェルナンド
1751-1825 74歳没 
マリア・テレジアの娘オーストリア皇女マリア・カロリーナと結婚 
1752-1814 62歳没
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●ガブリエル 
1752-1788 36歳没
ポルトガル王女マリアナ・ビクトリアと結婚
1768-1788 20歳没 
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●アントニオ・パスクアル 
1755-1817 62歳没
姪マリア・アマリア王女と近親結婚
1779-1798 20歳没
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by xMUGIx | 2006-01-21 00:00 | スペイン

ボルボン朝

◆国王フェルナンド6世●実子ナシ
先代ルイス1世の弟
1713-1759 33歳即位 46歳没
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ルイス1世の急逝により仕方なく父王フェリペ5世が再度統治するが
精神状態は悪化しており昼夜逆転現象が起き
宮廷は夜中に活動し昼間に寝ているという異常事態となる。
ボロボロになりながらも統治を続けたフェリペ5世がついに死亡。

フェリペ5世の死後は二男フェルナンド6世が即位した。
フェルナンド国王は穏やかな人柄で「すべての人に平和を」がモットーだった。
「国のことは私が決めますので母上は休んでいらして下さい」
とイサベルを政治から遠ざけた。


■妻 バルバラ・デ・ブラガンサ
ポルトガル王ジョアン5世の娘
1711-1758 18歳結婚 47歳没
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バルバラは天然痘のために美人とは言えず平民の娘のようにしか見えなかった。
初対面でフェルナンドはショックを受けたが、彼女はポルトガル語の他に
スペイン語フランス語イタリア語ドイツ語ラテン語を完全にマスターしていた。
また音楽に造詣が深く作曲も手がけていた。
質素な生活を好み王妃として妻として模範的な女性だった。
2人は音楽という共通の趣味で結ばれた仲の良い夫婦となった。

バルバラの死によりフェルナンドの精神に異常が出始めた。
父王フェリペ5世と同じように髭も剃らず顔も洗わず着替えをしなくなった。
発作が起きると皿を投げつける、首を締め付ける、大声で叫ぶ。
言語不明瞭になってゆき感情も記憶も思考も失った。
そして子供を遺さぬまま亡くなった。
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by xMUGIx | 2006-01-20 00:00 | スペイン

ボルボン朝

◆国王ルイス1世●実子ナシ
先代フェリペ5世の子
1707-1724 17歳即位 17歳没

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当時の記録

長身で痩せ気味で赤い髪、鼻は大きいが感じが良い。
狩猟好きでダンスがとても上手。
慎み深く無口で民衆から慕われている。

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しかし即位半年で急逝する。

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■妻 ルイサ・イサベル・デ・オルレアンス←ルイーズ・エリザベート・ドルレアン
オルレアン公フィリップ2世の娘
1709-1742 13歳結婚 33歳没

彼女の父は愛人を多く作り家庭をかえりみない問題のある家庭だった。
そのため5女であるルイーズは幼少期からまともな教育や世話を受けなかった。
見た目は可愛らしく送られてきた肖像画を父王のフェリペが自分の部屋に飾るほどだった。
しかし大きな音でゲップをしたり朝食を2回食べたり下着姿で宮殿を歩き回ったり
礼拝に参加しなかったりマナーが悪かった。

夫の死後スペインに居場所のなくなったルイーズはフランスに戻って
食べて飲んで暮らし32歳で亡くなった。

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父方の祖母 オルレアン公爵フィリップ1世の後妻 リーゼロッテの手紙

彼女は醜いということはありませんが、可愛らしくも優美でもありません。
私が今まで会った中で最も不愉快な人物で、
話す、食べる、飲む、すべての彼女の動作に我慢しなくてはなりませんでした。
ですから、我々は別れの日にも一滴の涙も流しませんでした。

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before
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after
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by xMUGIx | 2006-01-19 00:00 | スペイン

ボルボン朝

国王フェリペ5世の子供


●前妻の子 ルイス1世 スペイン国王
●前妻の子 フェルナンド6世 スペイン国王
●後妻の子 カルロス3世 スペイン国王
●後妻の子 マリアナ・ビクトリア 
ポルトガル王ジョゼ1世と結婚
●後妻の子 フェリペ 
フランス王女ルイーズ・エリザベートと結婚
●後妻の子 マリア・テレサ 
フランス王太子ルイ・フェルディナンの前妻・本人死別
●後妻の子 ルイス・アントニオ 
アラゴン貴族マリア・テレサ・デ・バリャブリガと貴賤結婚
●後妻の子 マリア・アントニア 
サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世と結婚




●ルイス1世 スペイン国王
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●フェルナンド6世 スペイン国王
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●カルロス3世 スペイン国王
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●マリアナ・ビクトリア 
1718-1781 63歳没
ポルトガル王ジョゼ1世と結婚
1714-1777 63歳没

*フランス国王ルイ15世と婚約していたため幼い頃からフランス宮廷で育った。
しかしルイから婚約破棄されて帰国、ポルトガル王ジョゼ1世と結婚
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●フェリペ  
1720-1765 45歳没
フランス王女ルイーズ・エリザベートと結婚
1727-1759 32歳没
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●マリア・テレサ
1726-1746
20歳没
フランス王太子ルイ・フェルディナンの前妻・本人死別・イトコ結婚
1729-1765 36歳没

*引っ込み思案で自室にいることの方が多いマリー・テレーズだったが、
夫ルイ・フェルディナンとの夫婦仲は非常に良く、彼は妻のそばから片時も離れなかったという。
結婚一年で死別。
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●ルイス・アントニオ
1727-1785 58歳没
アラゴン貴族マリア・テレサ・デ・バリャブリガと貴賤結婚
1759-1820 61歳没
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●マリア・アントニア 
1729-1785 56歳没
サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世と結婚
1726-1796 70歳没
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by xMUGIx | 2006-01-18 00:00 | スペイン

ボルボン朝

◆国王フェリペ5世
フランス王太子グラン・ドーファンの子/フランス国王ルイ14世の孫
1683-1746 17歳即位 63歳没

カルロス2世の死によりフランスのルイ14世の孫フィリップがフェリペ5世として即位し、
スペイン・ハプスブルク家の全領土を継承した。
すなわちスペイン・ブルボン家の誕生である。

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当時の記録

とても面白い人物で才能と行動力がある。
とても美男子で雰囲気がスペイン風である。
金髪で額が広く目は大きく唇は少し出っ張っている。
生活習慣は模範的であり偉大な王となることが保証される。

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しかし晩年になると、フェリペは精神異常となる。


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当時のフランス貴族の証言

スペインに到着して王を一目見てあまりの驚きに身体の血がすべて凍った。
私の知っているフィリップ様はここにはおられなかった。
まったく面影も残っていない痩せこけた小さな知らない人物だった。
背は曲がりアゴは突き出しまっすぐに歩けず、
言葉は不明瞭であり愚鈍で混乱しているようだった。
服は金の縁取りが取れ、すり切れていた。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


*有名なカストラートのファリネッリは30代で舞台を去った後、フェリペに招かれる。
お抱え歌手としてフェリペの精神安定のために歌を歌い、以降20年スペイン宮廷で過ごした。

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■前妻 マリア・ルイサ・デ・サボヤ←マリア・ルイーザ・ディ・サヴォイア
1688-1714 13歳結婚 26歳没

王はセックス中毒だったが、
敬虔なカトリックだったので妻以外の女性と寝ることはなかった。
しかし、王妃は結核で死を迎えようとしていた。
王は妻が死ねばしばらくセックスなしで過ごさねばならないことをかんがみて、
死が彼女を救うまで瀕死の状態で夫の相手をさせられた。

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■後妻 イサベル・デ・ファルネシオ←エリザベッタ・ファルネーゼ
パルマ公族オドアルド2世の娘
1692-1766 22歳結婚 74歳没

食べることが大好きなイサベルは背が高く太り気味だが
全体としてスタイルが良く知性と支配欲を持った女性だった。
文学、哲学、地理学、天文学、歴史、音楽、絵画を身に付け
イタリア語の他にスペイン語フランス語ラテン語トスカナ語をマスターしていた。
将来パルマ公国を統治する可能性から親がしっかりと帝王学を学ばせたのである。
イサベルがスペインに到着した日からフェリペはたくましいイサベルの虜となった。
物に動じない王妃は宮廷を牛耳っていたうるさいウルシノス夫人を追放し
瞬く間に意志の弱い王を完全に影響下に置いた。

前妻の生んだ息子たちが王位に就いたが次々と亡くなり、
やっと自分の生んだ息子カルロス3世に王位に就いた。
しかしイサベルにも昼夜逆転の現象が出てきた。
窓を開けずいつも暖炉に火を入れていた。
精神状態は悪化の一途をたどり
窒息になりそうな暗い締め切った部屋で亡くなった。

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          頼りにしてるよ、お前
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●前妻の子 ルイス1世 次代国王

●前妻の子 フェルナンド6世 次々代国王

●後妻の子 カルロス3世 次々々代国王

●後妻の子 マリアナ・ビクトリア 
ポルトガル王ジョゼ1世と結婚

●後妻の子 フェリペ 
フランス王女ルイーズ・エリザベートと結婚

●後妻の子 マリア・テレサ 
フランス王太子ルイ・フェルディナンの前妻・本人死別

●後妻の子 ルイス・アントニオ 
アラゴン貴族マリア・テレサ・デ・バリャブリガと貴賤結婚

●後妻の子 マリア・アントニア 
サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世と結婚
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by xMUGIx | 2006-01-17 00:00 | スペイン

アブスブルゴ朝

◆国王カルロス2世●実子ナシ
先代フェリペ4世の子
1661-1700 4歳即位 39歳没
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カルロスは近親結婚の繰り返しによる弊害か、父王からの先天性梅毒のせいか、
生まれつき虚弱体質で両頬に蜂窩織炎を起こし、
頭はかさぶたで覆われ首が化膿していた。
4歳になってもまだ乳母から乳を飲んでおり介助なしには歩くこともできず
6歳で麻疹と水疱瘡、風邪の繰り返しによる腎臓の悪化、
10歳で風疹、11歳で天然痘にかかった。
32歳で髪を失い、35歳でマラリアにかかりキニーネを常用するようになる。
キニーネによる老化現象が進み痩せこけて
38歳で浮腫が全身に現れ、舌にまで浮腫があったため言語不明瞭に陥り
2時間以上てんかん発作が続くようになる。
早逝したきょうだちたちは発作の際に舌を噛んで死亡している。
「身体は小さく、足は不自由、声は甲高く、目は出っぱって、顔は異常に長く細い。
彼を見た人はみな奇妙な気持ちになる」
父は道化のような姿の息子に落胆し、人前に出すときはベールを被せた。
人々は彼を「エル・サチード」(呪われた王)と呼んだ。

異母兄ドン・ファンは
カルロスがこれまで広く言われていたような知的障害者ではないことに気づいた。
むしろ彼は母親によって人格や能力の発達を阻害されていたのである。
マリアナは息子に養育係をつけようとしなかった。

ドン・ファンはカルロスに読み書きから教え始めた。
だんだんとカルロスは高度な教育を求め始め養育係をつけるまでになった。
堅苦しい宮廷儀式を廃止するとともに宮廷作法も自由でのびやかなものにし
黒い宮廷装束をフランス式の明るいモードに変えた。
カルロスは32歳年上のドン・ファンに父に対するような信頼を寄せていたのだろう。
ドン・ファンの方はどうのような思いだったのかはわからないが。
しかし少なくともこの頃にはスペイン王になりたいという野望はドン・ファンには失せていた。
彼はスペイン・ハプスブルク家の一員としてつねにカルロスを背後から守っていた。
孤立したマリアナはトレドへ逃がれた。

しかし彼は50歳で病死する。
ドン・ファンの死後、カルロスはトレドに逃れていた母マリアナ王妃を迎えに行き
母とともに宮廷へ戻ってきた。




■前妻 マリア・ルイサ・デ・オルレアンス←マリー・ルイーズ・ドルレアン
オルレアン公爵フィリップ1世の娘
1662-1689 17歳結婚 27歳没

お見合い肖像画を見たときからカルロスの一目惚れだった。
カルロスの方は一緒にいられるだけで幸せだったが
マリア・ルイサの方はただ静かに寄り添っていた。
子供ができないのはカルロスの不能によるものであるのに
彼女が周囲に一方的に責められ、ノイローゼになり病的なまでに肥満して急逝した。

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マリア・ルイサ王妃の継母 オルレアン公爵フィリップ1世の後妻 リーゼロッテの手紙

1679年12月15日

可哀相なマリー・ルイーズは、
スペインで暮らさなければならないのを嘆いていました。
慰めは連れて行った犬たちだけです。宮廷の人々の振る舞いはいかめしく、
マリー・ルイーズはフランスから連れて行った主馬頭と話すのも禁じられ、
通りすがりに手と頭の仕草で意志を交わすだけです。
フランスから付いて行った女官たちも閉じ込められた生活に慣れず、
みんなフランスに帰りたがっています。
私は彼女より9歳年上でしたので、娘というより妹のように愛しました。
私が嫁いできた当時はとても子供っぽく、一緒に遊び大騒ぎをしたものです。

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■後妻 マリアナ・デ・ネオブルゴ←マリア・アンナ・フォン・プファルツ=ノイブルク
プファルツ選帝侯フィリップ・ヴィルヘルムの娘
1667-1740 23歳没 73歳没

傲慢でわがままで野心家であった。
前妻の悲劇から学んだ彼女は、妊娠したが流産したという嘘を10回もつく。
妊娠すると喜ぶカルロスにその度に身内の登用などを要求した。
カルロスは勝手気ままに振る舞う気の強い妻を恐れた。

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子供は生まれない、病状は進行する、しかし王に身体的欠陥があることはありえない。
なぜならば王とは神に祝福された存在だからだ。
それならばなぜ、と周囲は考えた。
それは王に悪魔が憑いているからだ。悪魔を祓わなければならない。
かくして宮廷には修道士や悪魔祓い、魔術師、祈祷師、怪しげな医者などがうろつくようになる。
宮廷のあちこちで悪魔との接触が試みられ、笛の音でおびきよせてみたり
弦を奏でてみたり、舞を舞ってみたりした。
夢か現かわからない空間に置かれたカルロスは
前妻の遺骸を掘り起こして手元に置くなど病状は悪化し亡くなった。
早逝すると思われていたが39歳の死であった。


初代カルロス1世が生まれたのが1500年、カルロス2世が亡くなったのが1700年。
この間200年。ここにスペイン・ハプスブルク家は断絶する。
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by xMUGIx | 2006-01-16 00:00 | スペイン

アブスブルゴ朝

国王フェリペ4世の子供


●前妻の子 バルタサール 皇太子 早逝
●前妻の子 マリア・テレサ→マリー・テレーズ王妃
フランス王ルイ14世と結婚
●後妻の子 マルガリータ 
オーストリア皇帝レオポルト1世の1/3番目の妻・本人死別・叔父と姪の近親結婚
●後妻の子 カルロス2世 次代国王




●バルタサール 皇太子 早逝 
1629-1646 17歳没
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跡継ぎであったが健康な子供とは言えなかったので大切に育てられた。
狩猟や乗馬が好きだったが、猫を去勢するのが趣味だった。
「王位についた暁には去勢する猫がいなくなるのが心配だ」
という民衆歌が流行ったほどである。
そして父譲りの女好きでこれも寿命を縮めたと言われる。




●マリア・テレサ王女→王妃マリー・テレーズ  
1638-1683 45歳没
フランス国王ルイ14世と結婚・イトコ結婚
1638-1715 77歳没
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●マルガリータ王女
1651-1673 22歳没
オーストリア皇帝レオポルト1世の1/3番目の妻・本人死別・叔父と姪の近親結婚
1640-1705 65歳没
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二人の祝宴は2年も続き、マルガリータはレオポルトを「おじさま」と呼んで仲睦まじかったが死別。




●カルロス2世 次代国王
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by xMUGIx | 2006-01-15 00:00 | スペイン

アブスブルゴ朝

◆国王フェリペ4世
フェリペ3世の子
1605-1665 16歳即位 60歳没
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16歳で即位したが父フェリペ3世が政治に関心のない王であったので
息子のフェリペ4世もそれにならった。
溺愛されて育ったので真面目に政務に取り組むことはなかった。
「彫刻のように顔の表情を全く変化させずに従臣や外交官たちと会話し
演劇にも同じように平然と出席している」
フェリペ4世の四大関心事は観劇・狩猟・闘牛そして女だった。
女であれば、未婚・既婚・未亡人でも見さかいなく、修道院に忍び込もうとしたこともあった。
少年の頃から何十人も私生児がいたが面倒を見ることもなかった。


★愛人マリア・カルデロン/ラ・カルデローナ
1611-1646 35歳没
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●庶子ドン・ファン
1629-1679 50歳没
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しかし女役者マリア・カルデロンとの私生児ドン・ファン・デ・アウストリア2世だけは
大のお気に入りで公式に王子と宣言し相応の待遇を与えた。
ドン・ファンは大変美しく、学問、音楽、絵画などあらゆる才能を兼ね備えていた。

王妃や子供たちはこの愛人の子を「我が愛する息子」「我が愛する兄弟」と呼ばなければならず
不快感を隠せなかった。


■前妻 イサベル・デ・ボルボン←エリザベート・ド・ブルボン 死別
1602-1644 12歳結婚 42歳没
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フランス宮廷に育ったイサベラは明るく頭の良い洗練された美しい王女であった。
性格も陽気で外交的、夫と同じく演劇や闘牛を好み、二人で遊び歩いた。
夫婦仲は良かったが、フェリペは女遊びが止まらなかった。
イサベラもビリャメディーナ伯爵など複数の愛人を持った。


■後妻 マリアナ・デ・アウストリア←マリア・アンナ・フォン・エスターライヒ
オーストリア皇帝フェルディナント3世の娘 伯父と姪の近親再婚
1634-1696 15歳結婚 62歳没
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マリアナはもともとバルタサール皇太子の婚約者だったが、
早逝したため彼の父フェリペ4世の後妻となった。

マリアナは不細工だった。
顔色は青白く鼻は異常に長く唇は垂れ下がり性格は穏やかだが面白みに欠け華やかさもない。
もともとは明るく朗らかな王女であったが
ウィーン宮廷より陰鬱で堅苦しいスペイン宮廷と30歳も年上の夫の放埓な生活が
彼女の顔から笑みを奪い次第に気難しく引っ込み思案になっていった。
前妻の娘マリー・テレーズ王女はマリアナより4歳だけ年上だったので二人は仲が良かった。
しかしマリア・テレーズ王女がルイ14世の妻としてフランスへ去ってしまうと
自室にこもって泣き崩れる毎日だった。
唯一彼女の心を慰めてくれたのはニートハルト神父だった。

マリアナは自分の王子の存在を脅かすドン・ファンを蛇蝎のごとく嫌い
「我が愛する息子」と呼ぶことも断固拒否した。

夫が亡くなると3歳の国王カルロス2世の摂政となり亡くなる年まで影響力を保持した。


★王妃の愛人ニートハルト神父
1607-1681 74歳没
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夫の死後、息子国王カルロス2世の摂政となったマリアナ王妃は、
政治の門外漢であるニートハルト神父を重用する。




●前妻の子 バルタサール 皇太子 早逝
●前妻の子 マリア・テレサ→王妃マリー・テレーズ 
フランス国王ルイ14世と結婚
●後妻の子 マルガリータ 
オーストリア皇帝レオポルト1世の1/3番目の妻・本人死別・叔父と姪の近親結婚
●後妻の子 カルロス2世 次代国王
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by xMUGIx | 2006-01-14 00:00 | スペイン


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