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2017年 更新中
by xMUGIx
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テューダー朝

◆女王エリザベス1世
先代女王メアリー1世の妹
1533-1603 25歳即位 69歳没●未婚

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ヴェネツィア大使の証言 若い頃のエリザベス女王について

御年23歳で、お顔立ちは美しいというより整っていらっしゃいます。
背はスラリとして均整が取れています。
美しい目をしていらっしゃいますが、何より美しいのは手です。


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フランス大使の証言 晩年のエリザベス女王について

顔はとても醜い。細長く頬はこけ歯は黄色く
歯並びが悪く抜けているので早口で話すと何と言っているかわからない。


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ブランデンブルグの法律家の証言 晩年のエリザベス女王について

面長の顔、肌は白いがしわだらけで鼻が少し曲がっている。唇は薄く歯は真っ黒。
未婚女性は胸の開いた服を着る習慣なので皺の寄った胸が丸見えだ。


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母はヘンリー8世の2番目の妻アン・ブーリン。最初の妻の女官であった。
しかし父は嫡男を求めて、母を処刑し母の女官ジェーン・シーモアと結婚する。
エリザベスは王女の地位から私生児の地位に格下げになった。

エリザベスは乗馬の名手で狩猟が得意だった。
獲物を追いつめ息の根を止める、彼女の政治スタイルに似ている。
また当時の国際語であるフランス語イタリア語を英語同様に使えた他
音楽、ダンス、ユーモアにも富んでいた。
この荒ぶる魂と鋭い知性を持つ女王は当時の人々にもどこかしら不気味と感じられていた。

エリザベスは汚い言葉を吐き女官を打ったりつねったり側近を殴ったり唾を吐きかけたりした。
ロンドン塔に幽閉されていた時は鬱憤晴らしに猫を叩き潰している。

あちこちの国から縁談が持ち込まれた。
スペイン国王フェリペ2世、フランス国王アンリ3世の弟アンジュー公、
ハプスブルク家のカール大公、スウェーデン国王エーリク14世、ロシアのイワン雷帝・・・。
エリザベスは申込みを受けるようなそぶりを見せながら結果を引き延ばし、
実に24年ものあいだ彼らを翻弄し続けた。
そのあいだに結婚を餌に侵略を防ぎ国内の宗教戦いを消化した。

女王の座を手にするまではとにかく目立たない地味な格好をしていたが
即位すると絢爛豪華な衣装と宝石で飾り立てた。
王は神の代理人でありそれを万人に知らしめる目的のためだった。

エリザベスの威光を高めようとする演出は神がかり的なレベルになっていった。
肖像の彼女は永遠に年を取らない。ヴァージン・クイーンは生ける聖母マリアなのだ。

彼女は独身女性の格好をしていた。
16世紀半ばのイギリスでは未婚女性だけが首や肩を露出することを許されていた。
エリザベスは生涯この特権を利用した。
眉毛を抜き額を頭頂まで剃り上げ顔の上半分を大きく見せることで
少女のような愛らしさを作り出すのだが
同じことを彼女がすると奇怪なほどけばけばしい白塗りの老女でしかない。
69歳で亡くなった。

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手に持ってるのは透明ホース? ドレスにもいっぱい目が描いてあるし・・・
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博物誌みたいなドレスの柄
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手に持ってるのはタンバリン? まさかザルじゃないよね
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世界を踏みつけてるんですか、そうですか
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★宰相ウィリアム・セシル
1520-1598 78歳没

エリザベスは即位するとすぐにウィリアム・セシルを宰相にした。
有能かつ勤勉、信頼できる人間で死ぬまでの40年間エリザベスに忠誠を尽くした。
エリザベスも彼を「マイ・スピリット」(私の精霊)と呼んでいた。
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★宰相ロバート・セシル
ウィリアム・セシルの子
1563-1613 50歳没

父ウィリアムは自分の息子を後継者として育て上げた。
父ウィリアムが彼に遺した助言は、「女王に仕えることにより、神に仕えよ」
せむしで小柄だった。父と同じくエリザベスによく仕えた。
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エリザベスは生涯結婚はしなかったが、終生美男好みだった。


★初恋の人 トマス・シーモア
1509-1549 40歳没

父ヘンリー8世の6番目の妻/最後の妻キャサリン・パーは、
深い教養と慈愛の心を持つ女性だった。
自分とは血の繋がりのないヘンリー8世の子供たちの教育に情熱を注いだ。
王の子供たちは、厳格なカトリックであったメアリーですら優しい義母を敬愛していた。

ヘンリー8世の死後3ヶ月でキャサリンは
ヘンリー8世に引き裂かれたかつての恋人トマス・シーモアとようやく再婚を果たした。
未成年のエリザベスもシーモア家に引き取られた。
ところが野心家のトマス・シーモアがキャサリンの妊娠中に
エリザベスの寝室に出入りしているところを見られた。
キャサリンはショックを表面に出すことはしなかったが
エリザベスはシーモア家から出ざるを得なくなった。
キャサリンは出産の際に死亡した。
トマス・シーモアはエリザベスに求婚したが拒否された。
彼の野心は宮廷の怒りを買い、ロンドン塔に投獄され斬首された。

エリザベスは処刑当日の日記にこう記した。
『今日、知恵に富むが判断力に欠ける男が亡くなった』

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★愛人ロバート・ダドリー レスター伯爵
1532-1588 56歳没

ロバート・ダドリーはエリザベスと同い年で幼なじみだった。
180センチを越える長身、眉目秀麗、
馬上槍試合の名手で、ダンスが得意で話し上手だった。
エリザベスが彼につけたあだ名は<お目々ちゃん>
女王警護の総責任者である主馬頭に抜擢され、
宮廷での部屋もエリザベスのすぐ近くに与えられ、
翌年にはガーター勲章を受けて枢密院メンバーとなる異例の出世を遂げた。
エリザベスの彼に対する寵愛は誰の目にも明らかであったが、
彼にはは17歳の時に結婚した妻がいた。
その妻が階段から落ちて死んでいるのが見つかった。
ダドリーとエリザベスは微妙な立場に立たされた。
その後も愛人関係は続いたがもはや結婚は論外となった。
彼が秘かに再婚していたと知った時、エリザベスは彼をロンドン塔に放り込み、
妻は実家に閉じ込めておくとの条件で許した。
エリザベスはスコットランド女王メアリー・スチュアートの結婚相手として
ダドリーを推薦したが、メアリーは人のお古は嫌だと断った。
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★愛人ウォルター・ローリー
1554-1618 64歳没

美貌以外に取柄のないロバート・ダドリーとは違って
才気と覇気に満ちた伊達男で服装の凝り方も飛び抜けていた。
180センチ、黒髪で色白、上品な顔立ちをしていた。
宮廷にタバコを流行らせた人物である。
ローリーが女王の女官と秘密結婚していたことを知ったエリザベスは
彼をロンドン塔に放り込んだ。

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★愛人クリストファー・ハットン
1540-1591 51歳没

ダンスの巧みさで女王の目を惹き「羊さん」と呼ばれて人一倍可愛がれていた。

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★愛人ロバート・デヴルー エセックス伯爵 32歳年下
1565-1601 36歳没

32歳も年下の名家出身の美青年。エリザベスにとってダドリーの再来と思われた。
ダドリーと同じく主馬頭となり、枢密院のメンバーにもなる。
しかしダドリーと違って、彼は野心家であった。
エリザベスの反対をおしてアイルランド総督となり制圧に失敗し
勝手に講和条約を結んだ挙句任務を放棄してイギリスに帰ってきた。
さすがにエリザベスも彼をかばうことはせず、
枢密院の面々の前で彼を怒鳴りつけて殴った。
女王の寵愛を失ってあせったロバートは反乱を起こし逮捕・処刑された。

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by xMUGIx | 2005-01-26 00:00 | イギリス

テューダー朝

◆女王メアリー1世●実子ナシ
先代エドワード6世の姉
1516-1558 37歳即位 42歳没

*卵巣ガンで死亡

*父によく似ていた。丸顔でテューダー家特有の赤い髪、ツンととがった鼻、
鼻のまわりのソバカスまで父親にそっくりだった。

母はヘンリー8世の最初の妻スペイン王女キャサリン・オブ・アラゴン。
しかし父は嫡男を求めて、母を捨て母の女官アン・ブーリンと結婚する。
メアリーは王女の地位から私生児の地位に格下げになった。

母キャサリンの影響で厳格なカトリック教徒であるメアリーは、
即位すると父ヘンリー8世が創立した英国国教会を否定し、
イギリスをカトリック教国に戻した。
300人を超える有力者がこれに反対して火あぶりにされた。
この容赦ないプロテスタント弾圧で「ブラッディ・メアリー」と呼ばれた。

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お見合い用肖像画
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■夫 スペイン国王フェリペ2世の2/4番目の妻・本人死別 11歳年下
1527-1598 27歳結婚 71歳没
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フェリペは父王の命令でメアリーと結婚させられた。
目的はイギリスのカトリック化と跡継ぎを作ることである。
メアリーは父のいとこにあたる。
結婚した頃のメアリーはすごく痩せていて眉が無く頭が禿げていたので
カツラをつけており歯槽膿漏で歯をいくつか失くしていた。
メアリーは貴公子のフェリペに一目惚れするが、
12歳も年上の女王と結婚する気などなかったフェリペは
礼儀正しくメアリーを大切にするのは自分に与えられた任務としてこなしていただけであった。

メアリーは妊娠した。大々的に発表されたが、予定日が過ぎても何も起こらなかった。
想像妊娠だった。
カトリック化を果たし跡継ぎは絶望的とわかると、
フェリペはわずか1年でスペインに帰ってしまう。
父カルロス1世の死と重なったためメアリーの葬儀にも参列しなかった。
そしてエリザベス1世に求婚するが断られる。

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当時のポルトガル貴族の証言

〔メアリー〕女王はとての気立てのよい女性であるが、予想していたより老けている。
フェリペ殿下は気を使って幸せそうに振る舞っておられるが、
並の人間にはできない努力だ。

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by xMUGIx | 2005-01-25 00:00 | イギリス

テューダー朝

◆ジェーン・グレイ●実子ナシ 通称:9日間の女王
サフォーク公爵ヘンリー・グレイの子
1537-1554 16歳没  
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■夫 ギルフォード・ダドリー
ノーサンバランド公爵ジョン・ダドリーの息子
1535-1554 19歳没
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ヘンリー8世に初めての男子エドワード6世が生まれたため、
貴族の間では未来の王の王妃の座を狙って娘に高等教育を受けさせることが大流行した。
ジェーン・グレイも男性以上の高い教育を受け、有力なお妃候補だった。
ギリシャ語・ラテン語・ヘブライ語・イタリア語・フランス語に通じていた。
しかしエドワード王子が病気で危くなると摂政ジョン・ダドリーはエドワード王子の死を想定して
ジェーンを無理矢理自分の息子ギルフォードと結婚させた。
ジェーンはメアリー王女(後の女王メアリー1世)エリザベス王女(後の女王エリザベス1世)
に次ぐ王位継承者だったからである。

ダドリーは病床のエドワードを日夜訪れメアリー王女が即位したら
カトリックが力を吹き返すだろうと説得した。
プロテスタントのエドワード王子は恐怖に陥りジェーンを次期王位継承者に指名した。
エドワード王子の死によりダドリーたちはジェーン女王を擁立した。
ジェーンは強硬に反対したが動き出した歯車はもう止められなかった。

ダドリーの暴挙に激怒した貴族たちが続々とメアリー王女側につき
孤立無援となったダドリーは降伏した。
ジェーンは夫ギルフォードとともにロンドン塔に投獄された。
最初メアリー1世はダドリーだけを処刑し
利用されたジェーン夫妻は釈放するつもりだった。
しかし今度はジェーンの父親ヘンリー・グレイが<ワイアットの乱>を起こしたため
ジェーン夫妻を処刑せざるを得なかった。
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by xMUGIx | 2005-01-24 00:00 | イギリス

テューダー朝

◆国王エドワード6世
先代ヘンリー8世の子
1537-1553 10歳即位 15歳没●未婚

*アリストテレスの著作をギリシャ語で読むほど賢く利発な王だったが虚弱で早逝する。
父からの先天性梅毒が原因と言われている。
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by xMUGIx | 2005-01-23 00:00 | イギリス

テューダー朝

国王ヘンリー8世の愛人

ヘンリー8世は6人の妻たちでお腹がいっぱいで
愛人の存在を忘れがちだがしっかりいる。


★愛人アン・スタッフォード/ハンディントン夫人
バッキンガム公爵エドワード・スタッフォードの娘
1483-1544 61歳没

最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンとの結婚の翌年から関係が始まる。
ふたりの関係が宮廷に知れると一大スキャンダルとなり
アンの兄バッキンガム公爵エドワードは激怒した。
夫のジョージはアンを修道院に入れたがヘンリーとの関係は続いた。
アンはその後ヘンリーとの逢い引きを仲介した
ウィリアム・コンプトンとも関係を持った。

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★愛人エリザベス・ブラント/リンカーン夫人 通称ベッシー・ブラント 庶子1人

最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンの女官。
長く8年も愛人であり男子ヘンリー・フィッツロイを生んだ。
ヘンリーが認知した唯一の庶子で、
自分は男子の父となれる能力があると自信を持つことになる。
ヘンリーがアン・ブーリンと結婚したことにより関係は終わった。

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★愛人メアリー・ブーリン
1499-1543 44歳没

2番目の妻アン・ブーリンの姉。
姉妹の母エリザべスもヘンリーの愛人だったそうだ。
メアリーはヘンリーの妹メアリー王女の女官で
彼女がルイ12世と結婚した際に王女について渡仏。
フランソワ1世の女官となる。
フランスではいくつかの情事があったようでフランソワ1世の愛人にもなった。
「誰とでもやる偉大なる売春婦」と呼ばれていた。
帰国してヘンリーの愛人になった。
ヘンリーの寵愛はすぐにアンに移ってしまうが、
側近のウィリアム・ケアリーと結婚死別、兵士のハンフリー・スタッフォードと再婚。
彼女には子供数人がいたが、
少なくとも息子ヘンリーはヘンリー8世の子であると言われる。

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★愛人メアリーorマーガレット・シェルトン

メアリーとマーガレットのうちどちらがヘンリーの愛人か不明。
2番目の妻アン・ブーリンが妊娠中に手を出す。
彼女はいろんな男性とロマンスのあった恋多き女性だった。
4番目のお妃候補として名前が挙がったこともある。

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★愛人エリザベス・ダレル

最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンの女官。
同僚のアン・ブーリンが新しい王妃になった時、エリザベスは服従の誓いを拒んだ。

エリザベスはヘンリーの愛人というより
トマス・ワイアットのミューズとして有名である。
二人は長く愛人関係にあり3人の子どもが生まれた。

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★愛人エリザベス・ブルック/ワイアット夫人
1503-1550 47歳没

詩人トマス・ワイアット夫人だったがお互いに別居して恋愛を楽しんでいた。
トマスの浮気相手にはヘンリー8世の王妃アン・ブーリンや
ヘンリー8世の愛人エリザベス・ダレル、メアリー・シェルトンもいた。
つまりヘンリー8世とトマスは同じ時期に同じ4人の女性と
交錯した愛人関係にあったことになる。

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★愛人キャサリン・ウィロビー/サフォーク夫人
1519-1580 61歳没

女官の娘として宮廷で生まれ育った。
ヘンリーは彼女を妹メアリーの子サフォーク公子と婚約させた。
しかしフォーク公子が亡くなったため父親のサフォーク公と結婚することになった。
ヘンリーはサフォーク公を王位継承者として考えていた。
ヘンリーが亡くなり女王メアリー1世が即位すると
熱烈なプロテスタントのキャサリンは夫婦共々追放された。

キャサリンはカトリック主教の名を犬につけて蹴ったりしており
その主教が仕返ししたのであった。

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★愛人アン・バセット

3番目の妻ジェーン・シーモアの女官。ジェーンの死後に愛人となる。
4番目の妻となるのではという噂が立ったが
ヘンリーはアン・オブ・クレーヴスと結婚してしまった。
アン・オブ・クレーヴスが離婚され
次のキャサリン・ハワードが処刑された後アンは再びヘンリーに接近する。
6番目の妻となるのではという噂が立ったが
ヘンリーはキャサリン・パーと結婚してしまった。

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★愛人エリザベス・ブライアン/カリュー夫人
1500-1546 46歳没

兄フランシスはヘンリーの親友。
夫ニコラス・カリューはヘンリーの遊び仲間。
ヘンリーはエリザベスにプレゼント攻撃をして、
エリザベスに「美しいダイヤモンド、真珠、比類なき宝石のようだ」と言った。

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★愛人 ジェイン・ホピクールト




★愛人 ジョアン・ドブスン



★愛人 メアリー・バークリー
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by xMUGIx | 2005-01-22 00:00 | イギリス

テューダー朝

◆国王ヘンリー8世
先代ヘンリー7世の子
1491-1547 18歳即位 55歳没

*晩年は梅毒が原因で足に腫瘍が拡がり、医師が毎日膿を摘出していた。
これらの感染症により死亡。

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ヴェネツィア大使の証言

身長は約190センチ、見事なブロンドの髪を持ち、数ヶ国語を流暢に操り、
馬上槍試合をこよなく愛する文武両道のこの世で最もハンサムな君主である。


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フランス大使の証言

国王の命は危機にあります。熱のせいではなく、脚が国王をひどく苦しめています。
さらに国王はとても太っていて、食べる量・飲む量は想像を絶するほどです。


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●エドワード6世 次代国王
●メアリー1世 次々代女王
●エリザベス1世 次々々代女王




ヘンリー8世は6回結婚する。


■最初の妻 兄の妻キャサリン・オブ・アラゴン→娘は女王メアリー1世
スペイン女王イザベル1世の娘カタリーナ・デ・アラゴン
1485-1536 48歳没

*14歳で皇太子アーサーと結婚死別、
夫18歳&妻22歳で国王ヘンリー8世と再婚、子供1人生み、46歳で離婚

彼女が白馬の背に揺られながら登場した時ロンドンっ子は度肝を抜かれた。
金糸のレースの紐が付いた枢機卿のような先の尖った帽子から
赤みがかった金髪が腰まで滝のように流れている。
スカートは張り骨で釣鐘型でたっぷりしていた。
このスカートはイギリスやフランスで大流行する。

キャサリンは兄アーサー皇太子の妻だったが皇太子は数ヶ月で死亡。
巨額の持参金の返還を惜しんだ舅ヘンリー7世は自分の後妻にしようとするが、
スペイン側の反対によりあきらめて、息子ヘンリー8世と再婚させた。
キャサリンはヘンリー8世より4歳年上だった上、
生まれたのはメアリー王女だけだったため、
嫡男を望んでいたヘンリーは新たな結婚を考えるようになる。
結婚25年目ヘンリーは兄嫁との結婚は近親結婚に当たると主張して、
カトリック教会と絶縁してまで40歳になっていたメアリーと離婚した。
キャサリンは地方に幽閉され亡くなった。
メアリー王女は、王女の地位から庶子に格下げとなった。

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■2番目の妻 アン・ブーリン→娘は女王エリザベス1世
キャサリン王妃の女官
1507-1536 夫42歳&妻26歳で結婚 29歳没 処刑

ヘンリーの妹メアリー王女がフランス国王ルイ12世に嫁ぐときに女官として渡仏。
フランス宮廷で見違えるほどのレディーに成長して帰国した。
痩せた顔、高い頬骨、尖った顎、赤みがかった金髪で美人ではなかったが
これらの特徴はエリザベス1世に受け継がれている。
フランス仕込みの立ち居振る舞い、衣装、言葉遣いの「フランスからの帰国子女」は
フランスに比べて田舎の宮廷に過ぎないイギリス宮廷でファッション・リーダーとなった。
アンを見初めたヘンリーは求愛するが、アンは
王妃ならいいが愛人は嫌だと6年も拒絶し続けた。
ヘンリーはアンと結婚するためにカトリック教会と絶縁してまで前妻キャサリンと離婚した。

多大な犠牲を払ってアンと再婚したものの、生まれたのはエリザベス王女だけだった。
ヘンリーはまたも嫡男を求めて再婚するために、アンに不倫の罪を着せ処刑した。
3年に満たない王妃だったアンは、「一千日のアン」と呼ばれる。
エリザベス王女は、王女の地位から庶子に格下げとなった。

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ヴェネツィア大使の証言

アン王妃は世界有数の美女とは言えない。中背で長い首、生気のない肌をしている。
胸はふっくらとはしているが張りがない。取り柄はとても美しい黒い瞳だけだ。

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■3番目の妻 ジェーン・シーモア→子は国王エドワード6世
アン王妃の女官
1508-1537 夫45歳&妻27歳で結婚 29歳没 死別

地味でおとなしい女性だったが、
王の寝室係だった父ジョン・シーモアの手引きでヘンリーと関係を持つ。
アンの処刑の翌日に結婚する。
エドワード6世出産時に死亡。結婚してわずか1年で亡くなった。
ヘンリーは「王妃の代わりはいくらでもいるが王子の代わりはいない」
と母体よりも息子を優先するように侍医に言い放った。
ヘンリーと一緒に墓に眠っている王妃はジェーンだけである。
待望の男子を生んだジェーンへのご褒美であろうか。

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■4番目の妻 アン・オブ・クレーヴズ←アンナ・フォン・クレーフェ
ユーリヒ=クレーフェ=ベルク公ヨハン3世の娘
1515-1557 夫49歳&妻25歳で結婚 41歳没 別居

男子を得て落ち着いたヘンリーは次に政略結婚を考える。
しかしヘンリーの前妻たちへの仕打ちはヨーロッパに広く知られていたので
なかなか相手が見つからなかった。
やっと見つけたアンは、お見合い肖像画と違って
大柄でスタイルが悪く肌はあばただらけで礼儀作法もなっていなかった。
激怒したヘンリーは対面した瞬間に離婚を言い渡し、彼女を<フランドルの駄馬>と呼んだが、
アンは満足だったかもしれない。
城二軒、たっぷりの手当、馬車、召使が与えられ、
<王の妹>という称号でイギリスに留まることができたからである。殺されずに。
メアリー王女やエリザベス女王とも仲が良かった。

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■5人目の妻 キャサリン・ハワード
アン王妃の女官 アン王妃のイトコ
1521-1542 夫49歳&妻19歳で結婚 21歳没 処刑

若くてコケティッシュな女性だったが貧乏貴族の家庭に生まれたため
ほとんど字も書けない彼女は王妃の器ではなかった。
さらに独身時代から身持ちの悪い娘だった。
老人のヘンリーを嫌い、元恋人のフランシス・ディアラムを側近にしたり
元恋人で側近のトマス・カルペパーを愛人にした。
豪華なドレス・高価な宝石・愉快なパーティーに湯水のように金を使った。
結局さまざまな不倫がバレ、フランシス・ディアラムとトマス・カルペパーは処刑された。
キャサリンも処刑され、その夜ヘンリーは豪勢な晩餐会を催した。

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■6人目の妻 キャサリン・パー
トマス・パーの娘
1512-1548 36歳没 本人死別

*キャサリンはヘンリーに負けず劣らず4回結婚している。
18歳でサー・エドワード・ボローと結婚死別、
21歳でサー・ジョン・ネヴィルと再婚死別、
3番目の妻ジェーン・シーモアの弟トマス・シーモアと恋愛中だった時に
ヘンリー8世に見初められ仕方なく夫52歳&妻31歳で3回目の結婚、
35歳でヘンリー8世と死別、同年トマス・シーモアと4回目の結婚、36歳没。

キャサリンは老いて徐々に健康を害しつつあったヘンリーの
妻であると同時に有能な看護婦であった。
深い教養を持つキャサリンはヘンリーと互角に知的議論をして喜ばせた。
また彼女はメアリーとエリザベスとエドワードのの養育を任され、
子供たちの教育に情熱を注いだ。
王の子供たちは、厳格なカトリックであったメアリーですら優しい義母を敬愛していた。

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★キャサリンの後夫トマス・シーモア
1509-1549 40歳没

ヘンリー8世の死後3ヶ月で
キャサリンはかつての恋人トマス・シーモアと4回目の結婚をした。
未成年のエリザベスもシーモア家に引き取られた。
ところが野心家のトマス・シーモアがキャサリンの妊娠中に
エリザベスの寝室に出入りしているところを見られた。
キャサリンはショックを表面に出すことはしなかったが
エリザベスはシーモア家から出ざるを得なくなった。
キャサリンは出産の際に死亡した。
トマス・シーモアはエリザベスに求婚したが拒否された。
彼の野心は宮廷の怒りを買い、ロンドン塔に投獄され斬首された。

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各国語に通じ学者と交流し熱心なカトリック教徒で
教皇に反抗したルターを批判していた男が
カトリック教会と絶縁し、6人もの妻を娶り、
処刑した者は50人、取り潰した修道院が567軒と
非道な振る舞いをするようになってしまった。

梅毒の悪化による心臓病で亡くなった。
梅毒による精神障害を起こしていたのかもしれない。

妻の名前はキャサリンが3人、アンが2人、ややこしくなかったのだろうか。
そんなこと気にする男ならこんなことやってないか。
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by xMUGIx | 2005-01-21 00:00 | イギリス

テューダー朝

◆国王ヘンリー7世
もとリッチモンド伯爵ヘンリー・テューダー
1457-1509 28歳即位 52歳没

*ランカスター家がヨーク家の国王リチャード3世を討ち王位に就く。
テューダー朝の始まりである。

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イタリア人ポリドール・ウェルギリウスの証言

朗らかそうな表情は魅力的。青い瞳は小さい。歯はだいぶ欠けており黒ずんでいる。
髪は薄く、白い物が混じっている。顔は浅黒い。

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再婚用のお見合い肖像画
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■父 リッチモンド伯爵エドマンド・テューダー

母は国王ヘンリー5世の未亡人キャサリン王妃。
ヘンリー5世と死別後、側近の下級貴族オーウェン・テューダーと愛人関係となった。
キャサリンは愛人との間に3男1女を生んだが正式に再婚を認められることなく38歳で亡くなった。
キャサリン&オーウェンの子供たちは上級貴族となり、その一人がエドマンドである。


■母 サマセット公爵令嬢マーガレット・ボーフォート 




■妻 エリザベス・オブ・ヨーク
国王エドワード4世の娘
1466-1503 19歳結婚 37歳没

ヘンリーは先々代の国王であるヨーク家のエドワード4世の遺児エリザベスを妻に迎え、
薔薇戦争に終止符を打った。
ただし不安分子である妻の母エリザベス・ウッドヴィル(エドワード4世王妃)は幽閉した。

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●アーサー 
皇太子 早逝

●マーガレット
スコットランド王ジェームズ4世と結婚死別、
アンガス伯爵アーチボルド・ダグラスと再婚死別、
メスヴェン卿ヘンリー・ステュアートと再々婚

●ヘンリー8世 次代国王

●メアリー
フランス国王ルイ12世と結婚死別、
サフォーク公爵チャールズ・ブランドンと再婚




★王の愛人 ブレトン 庶子1人




●アーサー 皇太子 早逝
1486-1502 16歳没

王位の正当性があやふやなヘンリーは、
イギリスを二等国から脱却させるために当時ヨーロッパの一等国であった
スペイン王女カタリーナ・デ・アラゴンとアーサー皇太子を結婚させる。
しかし生来病弱だったアーサーは結婚数ヶ月で亡くなってしまう。
莫大な持参金の返還をしぶったヘンリー7世は、
キャサリンをアーサーの弟ヘンリー8世と再婚させる。
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●マーガレット 結婚3回
1489-1541 52歳没
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■最初の夫 スコットランド王ジェームズ4世 死別
1473-1513 40歳没
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■2番目の夫 アンガス伯爵アーチボルド・ダグラス 死別
1489-1557 68歳没
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■3番目の夫 メスヴェン卿ヘンリー・ステュアート
1495-1552 57歳没
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●ヘンリー8世 次代国王
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●メアリー→孫は9日女王ジェーン・グレイ
1496-1533 37歳没

*夫53歳&妻18歳でルイ12世と結婚死別、
夫31歳&妻19歳でチャールズ・ブランドンと再婚、子供2人生み、37歳本人死別。

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■前夫 フランス国王ルイ12世 死別
1462-1515 53歳没
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■後夫 サフォーク公爵チャールズ・ブランドン 結婚4回
1484-1545 61歳没
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メアリー王女はチャールズ・ブランドンと恋愛中であったが
兄ヘンリー8世からフランス国王ルイ12世の3番目の妻になるように命じられる。
彼女はルイ12世の死後は好きな人と結婚させてくれるようヘンリーに約束をさせて嫁いだ。
メアリーよりも34歳年上のルイ12世は3ヵ月後に死去。

ヘンリーは約束を守る気などなく次の嫁ぎ先を考えていたが、
ヘンリーのライバル新国王フランソワ1世が
フランスでメアリーとチャールズ・ブランドンを結婚させてしまう。
ヘンリーは怒り狂い2人が帰国することを禁ずるが、莫大な金を支払って帰国がかなう。

メアリーはブランドンの3番目の妻で、2人の子供を生み、37歳で死亡。
ブランドンはメアリーの死別後3ヶ月で、
14歳の裕福なスペイン人キャサリン・ウィロビーと4度目の結婚をする。
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by xMUGIx | 2005-01-20 00:00 | イギリス

ヨーク朝

◆国王リチャード3世●実子ナシ
先代エドワード4世の弟
1452-1485 31歳即位 33歳没


■妻 ヘンリー6世の子エドワード皇太子の未亡人アン・ネヴィル
1456-1485 29歳没

*14歳で皇太子エドワードと結婚、15歳で死別、
16歳で国王リチャード3世と再婚、29歳没。

*キングメーカーと呼ばれたウォリック伯爵リチャード・ネヴィルの娘

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兄エドワード4世の子供たちを追い落して即位したリチャード3世であったが、
即位2年でランカスター家のリッチモンド伯ヘンリー・テューダーに討たれる。
このヘンリー・テューダーが次の国王ヘンリー7世である。

シェイクスピアをはじめ、せむし男として描かれることが多いリチャード3世だが、
2012年に見つかった遺骨には強い脊椎側彎症の症状があり、
言い伝えは間違いでなかったことが明らかになった。
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by xMUGIx | 2005-01-19 00:00 | イギリス

ヨーク朝

■父 ヨーク公爵リチャード・プランタジネット


■母 ウェストモーランド伯爵の娘セシリー・ネヴィル


●アン・オブ・ヨーク
エクセター公爵ヘンリー・ホランドと結婚

●ヨーク公爵エドワード
次代国王エドワード4世となる

●エリザベス・オブ・ヨーク
サフォーク公爵ジョン・ド・ラ・ポールと結婚

●マーガレット・オブ・ヨーク
ブルゴーニュ公爵シャルルと結婚

●クラレンス公爵ジョージ
ウォリック伯爵リチャード・ネヴィルの娘イザベル・ネヴィルと結婚
妹アン・ネヴィルはリチャード3世の妻

●グロスター公爵リチャード
次々代国王リチャード3世となる




◆国王エドワード4世
もとヨーク公爵エドワード・プランタジネット
1442-1483 19歳即位 41歳没

ヨーク家が薔薇戦争に勝利してランカスター家から王位を奪った。
ヨーク朝の始まりである。
しかし敵対するランカスター家のエリザベス・ウッドヴィルと
身分違いの結婚をしたことが大きな過ちとなる。

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■妻 エリザベス・ウッドヴィル 子持ち未亡人
リヴァーズ男爵リチャード・ウッドヴィルの娘→王妃になったため伯爵に格上げされる
1437-1492 55歳没

*15歳で騎士ジョン・グレイと結婚して子供2人、24歳で死別、
27歳で国王エドワード4世と再婚して子供7人、48歳で死別、55歳没。

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エドワードは背が高く胸広く整った顔に洗練された物腰をしていた。
「女のことしか頭になく、女のこととなると理性を失くす」
と言われたほど女好きで手当たり次第だった。
当時ロンドンの富裕層はエドワードが視察に来ると聞くと
妻女を連れて疎開するほどであった。
そしてよりにもよってライバルのランカスター家のエリザベス・ウッドヴィルと結婚する。
それもフランスとの縁談を断っての結婚なのでヨーク家の結束を揺るがした。

エリザベスはランカスター家の騎士ジョン・グレイと結婚したが死別した。
エドワードは6歳年上で2人の子供のある未亡人エリザベスを見初める。
「私は王妃になるには身分が低すぎますが、愛人になるには誇りが高すぎます」
とエリザベスに拒絶されて熱を上げ求婚する。

王妃は周りを自分の身内で固め、国政にも口を出し周囲の反発を買った。
王の弟リチャード3世は再起の機会をうかがっていた。
そこにエドワードが放蕩で命を縮め死亡。
息子がエドワード5世を名乗るが、叔父リチャード3世に王位を奪われる。




●エリザベス・オブ・ヨーク 
国王ヘンリー7世と結婚

●セシリー・オブ・ヨーク 
ジョン・ウェルズと結婚、トマス・クマエと再婚

●エドワード ロンドン塔に幽閉

●リチャード ロンドン塔に幽閉

●アン・オブ・ヨーク 
ノーフォーク公トマス・ハワードと結婚

●キャサリン・オブ・ヨーク 
デボン伯ウィリアム・コートニーと結婚

●ブリジット・オブ・ヨーク 
修道女


エドワード4世はかつてエレノア・バトラーという女性と秘密結婚していたことがあった。
そこでエドワード4世の死後、リチャード3世が兄とエリザベスの結婚は重婚で
かつ身分違いの結婚であると主張したため無効となった。
これにより子供たちは庶子となり王位継承権を失い、リチャードが即位する。

エリザベスは家族とともにウェストミンスター寺院に逃れて細々と命脈を保った。
エドワード皇太子と弟リチャード王子はロンドン塔に幽閉される。
その後「塔の中の王子たち」と呼ばれた兄弟がどうなったのかは不明である。

エリザベスの娘エリザベス王女(母と同名)が後に国王ヘンりー7世と結婚したので
エリザベスの名誉は回復され、修道院で静かな晩年を過ごした。




★王の愛人エリザベス・ショー
貴金属商の妻




★王の愛人エリザベス・ルーシー 庶子2人
小地主の娘

エドワードの死後、不倫女性に対する罰である
<ロウソクを持って市中引き回しの懺悔>をさせられた。
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by xMUGIx | 2005-01-18 00:00 | イギリス

ランカスター朝

◆国王ヘンリー6世
先代ヘンリー5世の子
1421-1471 1歳即位 50歳没

*学問好きの王であったが、勇敢さは無かった。

父王の急逝によりヘンリー6世は1歳で即位した。
この隙をついてジャンヌ・ダルクが活躍しイギリスは結局フランスの領土を失った。
ここに百年戦争は終結する。
しかし息をつくひまもなく薔薇戦争が始まる。
ランカスター家とヨーク家が王位を巡って争ったのだ。

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■妻 マーガレット・オブ・アンジュー←マルグリット・ダンジュー
ロレーヌ公・アンジュー公・ナポリ王ルネ・ダンジューの娘
1429-1482 16歳結婚 53歳没

*美しく知的で、健康あふれる女性だった。

*しかし、ヘンリーが精神異常となったため薔薇戦争が勃発、
夫と幼い皇太子の代わりに陣頭指揮を執って戦ったため、
「フランスの雌狼」「女の皮をかぶった虎の心を持つ女」とまで言われるようになる。

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ヘンリー6世は精神異常となりしばしば錯乱状態になった。
ヨーク公が精神を病む王の代りに王位を主張したが、マーガレットは拒絶した。
白バラをシンボルとするヨーク家と、赤バラをシンボルとするランカスター家が
王冠をめぐって争った。薔薇戦争である。
マーガレットは「赤い薔薇の女王」と呼ばれた。<王妃>ではなく<女王>である。

30年に渡る戦いの末ヨーク家が勝利をおさめ、
皇太子エドワードは戦死、ヘンリー6世は獄死、マーガレットは幽閉された。
後に帰国を許されフランスへ戻り、赤貧のうちに亡くなった。




●子は皇太子エドワード
1453-1471 18歳没

*獄死

父ヘンリー6世は精神錯乱していたので、ヘンリーの子ではないという噂が根強かった。
妻はウォリック伯爵リチャード・ネヴィルの娘アン・ネヴィル。
アン・ネヴィルは夫の戦死後、国王リチャード3世と再婚した。

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外交官フィリップ・ド・コミーヌ

奇妙な結婚だ! ウォリック伯爵は皇太子の父親を破滅させた。
しかるにその皇太子と自分の娘を結婚させた。
さらに、ランカスター派が再び力を得はしないかと恐れていたはずの
王弟クラレンス公爵も味方に引き入れようとした。
こんな事は、偽りの心がなければ起こるはずがない。

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by xMUGIx | 2005-01-17 00:00 | イギリス


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