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by xMUGIx
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カテゴリ:オーストリア( 36 )

ハプスブルク朝

皇帝フェルディナント3世の子供


●最初の妻の子 フェルディナント4世 皇太子 早逝
●最初の妻の子 マリア・アンナ 
スペイン国王フェリペ4世の後妻
●最初の妻の子 レオポルト1世 次代皇帝
●3番目の妻の子 エレオノーレ・マリア 
ポーランド王ミハウと結婚死別、ロレーヌ公シャルル5世と再婚
●3番目の妻の子 マリア・アンナ・ヨーゼファ 
プファルツ選帝侯ヨハン・ヴィルヘルムと結婚




●フェルディナント4世 皇太子 早逝
1633-1654 21歳没
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●マリア・アンナ 
1634-1696 62歳没
スペイン国王フェリペ4世の後妻 伯父と姪の近親再婚
1605-1665 60歳没
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マリア・アンナはスペインのバルタサール王太子の婚約者だったが、
早逝したため彼の父フェリペ4世の後妻となる。


●レオポルト1世 次代皇帝
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●エレオノーレ・マリア 
1653-1697 44歳没
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■前夫 ポーランド王ミハウ 死別
1640-1673 33歳没
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■後夫 ロレーヌ公シャルル5世
1643-1690 47歳没
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●マリア・アンナ・ヨーゼファ 
1654-1689 35歳没
プファルツ選帝侯ヨハン・ヴィルヘルムの前妻 本人死別
1658-1716 58歳没
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by xMUGIx | 2001-01-16 00:00 | オーストリア

ハプスブルク朝

◆皇帝フェルディナント3世
先代フェルディナント2世の子
1608-1654 29歳即位 46歳没

*作曲まで手掛ける音楽愛好家だった。
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■最初の妻 マリア・アンナ・フォン・シュパーニエン←マリア・アナ・デ・エスパーニャ
スペイン国王フェリペ3世の娘 イトコ結婚 死別 
1606-1646 25歳結婚 40歳没
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■2番目の妻 マリア・レオポルディーネ・フォン・ティロル 24歳年下
オーストリア大公レオポルト5世の娘 イトコ結婚 死別
1632-1649 16歳結婚 17歳没●実子ナシ
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■3番目の妻 エレオノーラ・マグダレナ・ゴンザーガ 22歳年下
マントヴァ公子カルロ・ゴンザーガ=ネヴェルスの娘
1630-1686 21歳結婚 56歳没
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●最初の妻の子 フェルディナント4世 皇太子 早逝
●最初の妻の子 マリア・アンナ 
スペイン国王フェリペ4世の後妻
●最初の妻の子 レオポルト1世 次代皇帝
●3番目の妻の子 エレオノーレ・マリア 
ポーランド王ミハウと結婚死別、ロレーヌ公シャルル5世と再婚
●3番目の妻の子 マリア・アンナ・ヨーゼファ 
プファルツ選帝侯ヨハン・ヴィルヘルムと結婚
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by xMUGIx | 2001-01-15 00:00 | オーストリア

ハプスブルク朝

皇帝フェルディナント2世の子供


すべて前妻の子
●フェルディナント3世 次代皇帝
●マリア・アンナ 
バイエルン選帝侯マクシミリアン1世の後妻
●ツェツィーリア・レナータ 
ポーランド王ヴワディスワフ4世の前妻
●レオポルト・ヴィルヘルム 聖職者




●フェルディナント3世 次代皇帝
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●マリア・アンナ 
1610-1665 55歳没
バイエルン選帝侯マクシミリアン1世の後妻・伯父と姪の近親再婚
1573-1651 78歳没
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●ツェツィーリア・レナータ 
1611-1644 33歳没
ポーランド王ヴワディスワフ4世の前妻・本人死別
1595-1648 53歳没
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●レオポルト・ヴィルヘルム 聖職者
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by xMUGIx | 2001-01-14 00:00 | オーストリア

ハプスブルク朝

◆皇帝フェルディナント2世
1578-1637 41歳即位 59歳没
先代マティアスのイトコ

*プロテスタントが最も恐るべき危険人物とみなしていた皇帝である。
ゴリゴリのカトリックであるフェルディナントは
「邪教徒どもに支配されるぐらいなら、荒野で悪魔に魅入られる方がましだ」と言い放ち
プロテスタントを一網打尽にした。
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■前妻 マリア・アンナ・フォン・バイエルン 死別
バイエルン公ヴィルヘルム5世の娘
1574-1616 26歳結婚 42歳没
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■後妻 エレオノーラ・ゴンザーガ 20歳年下
マントヴァ公ヴィンチェンツォ1世の娘
1598-1655 24歳結婚 57歳没●実子ナシ

*際立った美しさで有名な女性だったという。
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すべて前妻の子
●フェルディナント3世 次代皇帝
●マリア・アンナ 
バイエルン選帝侯マクシミリアン1世の後妻
●ツェツィーリア・レナータ 
ポーランド王ヴワディスワフ4世の前妻
●レオポルト・ヴィルヘルム 聖職者
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by xMUGIx | 2001-01-13 00:00 | オーストリア

ハプスブルク朝

◆皇帝マティアス●実子ナシ
先代ルドルフ2世の弟
1557-1619 55歳没 62歳没

*兄帝が公務を放棄してひたすら趣味に没頭していたため、
兄帝を引きずり降ろして自分が君主の座に就く。
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■妻  アンナ・フォン・ティロル
オーストリア大公フェルディナント2世の娘
1585-1618 26歳結婚 33歳没
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by xMUGIx | 2001-01-12 00:00 | オーストリア

ハプスブルク朝

◆皇帝ルドルフ2世
先代マクシミリアン2世の子
1552-1612 24歳即位 60歳没●未婚
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*プロテスタント寄りの父帝の影響を恐れたスペインハプスブルク家のフェリペ2世は、
皇太子ルドルフ2世をスペイン宮廷に呼び寄せカトリック教育を施す。
父帝とは反対にスペイン宮廷の特殊な雰囲気に大変魅かれ、
厳格なカトリック教徒に育つ。

*幼少期から高い知性を示し、5ヶ国語に通じ天文学に深い関心を持った。
ところが首都をウィーンからプラハに移すと公務を顧みなくなり、
錬金術や芸術品の蒐集に専念するようになる。
天文学者ケプラーやイタリア人画家アンチンボルトなどをオーストリアに招聘した。

*ハプスブルク家一の奇人と言われる。
私生児を数多く作っていながら
婚約者のスペイン王女イサベルを20年以上も待たせた挙句結婚せず、
ウィーンを嫌ってプラハに城を造りここにこもって錬金術や占星術、美術品の蒐集に没頭した。
現在の博物学の祖ともいえる。
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by xMUGIx | 2001-01-11 00:00 | オーストリア

ハプスブルク朝

皇帝マクシミリアン2世の子供


●アンナ 
スペイン国王フェリペ2世の4/4番目の妻・伯父と姪の近親再婚
●ルドルフ2世 次代皇帝
●エルンスト
●エリーザベト 
フランス国王シャルル9世と結婚
●マティアス 次々代皇帝
●マクシミリアン
●アルブレヒト 
スペイン王女イサベル・クララ・エウヘニアと結婚
●マルガレータ 修道女




●アンナ 
1549-1580 31歳没
スペイン国王フェリペ2世の4/4番目の妻・伯父と姪の近親再婚
1527-1598 71歳没
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●ルドルフ2世 次代皇帝
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●エルンスト
1553-1595


●エリーザベト 
1554-1592 38歳没
フランス国王シャルル9世と結婚
1550-1574 24歳没
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シャルルは幼少のころ結核に罹り病弱であった。
急逝した兄フランソワ2世を継いで10歳で即位したものの
実権は母后であるカトリーヌに握られていた。
シャルルは常に母カトリーヌ・ド・メディシスの影に怯え続け
母が聖バルテルミーの虐殺を引き起こした時も眺めているしかなかった。
そして彼は虐殺事件のショックから抜け出せないまま2年後に急逝する。
未亡人となったエリザベートに夫の弟アンリ3世が求婚したが断って実家に戻った。
再婚はしなかった。


●マティアス 次々代皇帝
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●マクシミリアン
1558-1618


●アルブレヒト 
1559-1621 62歳没
スペイン王女イサベル・クララ・エウヘニアと結婚 イトコ結婚
1566-1633 67歳没
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いとこでもあり、ともにスペインで育った幼なじみでもあった。
イサベルはもともと兄ルドルフ2世の婚約者であったが
20年以上も待たされたため弟のアルブレヒトと結婚することになった。
その間は母の代わりに父フェリペ2世の補佐役を務めていた。
2人は共同統治者としてネーデルラント総督を治めた。
夫の死後はイサベルが総督となった。


●マルガレータ 修道女
1567-1633
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by xMUGIx | 2001-01-10 00:00 | オーストリア

ハプスブルク朝

◆皇帝マクシミリアン2世
先代フェルディナント1世の子
1527-1576 37歳即位 49歳没

*幼少期をスペイン宮廷で過ごしたが肌に合わず、
それゆえかカトリックの国の皇太子でありながらプロテスタントにかぶれていたが
父帝から勘当を迫られてやむなくカトリックにとどまった。
ところが父帝が亡くなると国民の信仰の自由を認めると言い出し妻と反目した。

*亡くなるとき妻の懇願にもかかわらず臨終の秘蹟を受けることを拒否した。
カトリックでもなくプロテスタントでもなく
一人のキリスト教徒として生きることを渇望し続けた生涯であった。

*世俗的で陽気で女好きだった。知的な皇帝でもあった。
語学が堪能で、自然科学にも造詣が深かった。
現在のオーストリア国立図書館はマクシミリアンの所蔵書籍がその元となっている。
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■妻 マリア・フォン・シュパーニエン←マリア・デ・アブスブルゴ
スペイン国王カルロス1世の娘 イトコ結婚
1528-1603 20歳結婚 75歳没

*マリアは厳格なカトリック教徒だったのでマクシミリアンとは対立した。
16人の子供が生まれたが夫の死後スペインへ戻ったマリアは
「異教徒のいない国に住めてとても幸せだ」と語ったという。
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「異教徒のいない国に住めてとても幸せ、
フフフ・・・」


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●アンナ 
スペイン国王フェリペ2世の4/4番目の妻・伯父と姪の近親再婚
●ルドルフ2世 次代皇帝
●エルンスト
●エリーザベト 
フランス国王シャルル9世と結婚
●マティアス 次々代皇帝
●マクシミリアン
●アルブレヒト 
スペイン王女イサベル・クララ・エウヘニアと結婚
●マルガレータ 修道女
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by xMUGIx | 2001-01-09 00:00 | オーストリア

ハプスブルク朝

皇帝フェルディナント1世の子供


●エリーザベト ポーランド王ジグムント2世アウグストの前妻・本人死別
●マクシミリアン2世 次代皇帝
●アンナ 
バイエルン公アルブレヒト5世と結婚
●フェルディナント2世 
フィリッピーネ・ヴェルザーと貴賤結婚・死別、
マントヴァ公女アンナ・カテリーナ・ゴンザーガと伯父と姪の近親再婚
●マリア 
ユーリヒ・クレーフェ公ヴィルヘルムと結婚
●マグダレーナ 修道女
●カタリーナ 
マントヴァ公フランチェスコ3世と結婚死別、
ポーランド王ジグムント2世アウグストの後妻・前妻は姉エリーザベト
●エレオノーレ 
マントヴァ公グリエルモと結婚
●マルガレーテ 修道女
●バルバラ 
フェラーラ公アルフォンソ2世の3人の妻の内2番目の妻・本人死別
●カール2世→子は皇帝フェルディナント2世 
バイエルン公女マリア・アンナと叔父と姪の近親結婚
●ヘレーナ 修道女
●ヨハンナ 
トスカーナ大公フランチェスコ1世の前妻・本人死別




●エリーザベト 
1526-1545 19歳没
ポーランド王ジグムント2世アウグストの前妻 本人死別
1520-1572 52歳没
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●マクシミリアン2世 次代皇帝
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●アンナ 
1529-1595 66歳没
バイエルン公アルブレヒト5世と結婚
1528-1579 51歳没
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●フェルディナント2世
1527-1580 53歳没
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■前妻 フィリッピーネ・ヴェルザー 貴賤結婚 死別
1527-1580 53歳没
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フェルディナント大公は豪商の娘フィリッピーネに一目惚れして結婚を決意する。
しかしこのような身分違いの結婚は貴賎結婚と呼ばれ厳しい制裁を受けた。
フェルディナントの結婚はやむなく認められたものの
妻子にはハプスブルク家の一員としての権利は一切認められないこととなった。
要するにフェルディナントには権利があるがそれは一代限りのもので
彼の死後は妻子は放り出されるということだ。 
ポーランドから国王になってほしいという要請があったが
フィリッピーネとの離婚が条件だったので断った。
チロル公国の君主に任命された時もチロル側からフィリッピーネとの離婚を迫られた。
フェルディナントはチロルの人々を粘り強く説得しやっと認められた。
ここでフィリッピーネは夫と子供たちとの幸福な生活を送ることができた。

*宮廷料理人顔負けの料理の知識を持っていた。彼女が書いた
『フィリッピーネ・ヴェルザーの料理本』はヨーロッパ最古のレシピ集と言われる。

■後妻 マントヴァ公女アンナ・カテリーナ・ゴンザーガ 伯父と姪の近親再婚
1566-1621 55歳没

*フィリッピーネとのロマンチックな純愛を貫いたのかと思いきや、
フィリッピーネの死後には再婚して(しかも近親結婚)また子供を作り、
さらにちゃっかり私生児まで作っていた。
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●マリア 
1531-1581 50歳没
ユーリヒ・クレーフェ公ヴィルヘルムと結婚
1516-1592 76歳没
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●マグダレーナ 修道女
1532-1590 58歳没




●カタリーナ
1533-1572 39歳没
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■前夫 マントヴァ公フランチェスコ3世 死別
1533-1550 17歳没
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■後夫 ポーランド王ジグムント2世アウグストの後妻 前妻は姉エリーザベト
1520-1572 52歳没
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●エレオノーレ 
1534-1594 60歳没
マントヴァ公グリエルモと結婚
1538-1587 49歳没
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●マルガレーテ 修道女
1536-1566 30歳没




●バルバラ 
1539-1572 33歳没
フェラーラ公アルフォンソ2世の3人の妻の内2番目の妻 本人死別
1541-1587 46歳没
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●カール2世→子は皇帝フェルディナント2世
1540-1590 50歳没
バイエルン公女マリア・アンナと結婚 叔父と姪の近親結婚
1551-1608 57歳没
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●ヘレーナ 修道女
1543-1574 31歳没




●ヨハンナ 
1546-1578 32歳没
トスカーナ大公フランチェスコ1世の前妻 本人死別
1541-1587 46歳没
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by xMUGIx | 2001-01-08 00:00 | オーストリア

ハプスブルク朝

◆皇帝フェルディナント1世
1503-1564 53歳即位 61歳没

*オーストリアハプスブルク家を任されたためスペインからオーストリアにやってくる。
ブルゴーニュ宮廷文化の影響を受けたスペイン宮廷文化をウィーンに伝えるため、
ウィーン最初の料理学校を設立。晩餐会における細かな規則も定めた。
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■妻 アンナ・ヤギエロ
ボヘミア=ハンガリー王ウラースロー2世の娘
1503-1547 18歳結婚 43歳没

*アンナは「いとも麗しく、いとも雅やかな」と評される美貌の持ち主で
小柄であったがフェルディナントも長身ではなかったため似合いの夫婦だった。
政略結婚ではあったがフェルディナント夫妻は協調性に富んだ夫婦愛に満ちたカップルとなった。
アンナの死後フェルディナントは決して髭を剃らず質素に引きこもりがちな生活になったという。
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●エリーザベト ポーランド王ジグムント2世アウグストの前妻・本人死別
●マクシミリアン2世 次代皇帝
●アンナ 
バイエルン公アルブレヒト5世と結婚
●フェルディナント2世 
フィリッピーネ・ヴェルザーと貴賤結婚・死別、
マントヴァ公女アンナ・カテリーナ・ゴンザーガと伯父と姪の近親再婚
●マリア 
ユーリヒ・クレーフェ公ヴィルヘルムと結婚
●マグダレーナ 修道女
●カタリーナ 
マントヴァ公フランチェスコ3世と結婚死別、
ポーランド王ジグムント2世アウグストの後妻・前妻は姉エリーザベト
●エレオノーレ 
マントヴァ公グリエルモと結婚
●マルガレーテ 修道女
●バルバラ 
フェラーラ公アルフォンソ2世の3人の妻の内2番目の妻・本人死別
●カール2世→子は皇帝フェルディナント2世 
バイエルン公女マリア・アンナと叔父と姪の近親結婚
●ヘレーナ 修道女
●ヨハンナ 
トスカーナ大公フランチェスコ1世の前妻・本人死別
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by xMUGIx | 2001-01-07 00:00 | オーストリア


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