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カテゴリ:フランス( 55 )

カペー朝

◆国王ルイ6世
先代フィリップ1世の子
1081-1137 27歳即位 56歳没

継母にいじめられながら育つが、即位できた。

通称:肥満王。
若い頃は巨体で健啖家の肉体派だったが、40代からは馬に乗れないほど肥満していた。
慢性の肝臓病を患い、水腫に苦しみ、晩年は眠れないほどであった。
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■前妻 リュシエンヌ・ド・ロシュフォール 離婚●実子ナシ
モンテリ伯ギーの娘
1088-1137 16歳結婚 49歳没
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■後妻 アデル・ド・サヴォワ
サヴォイア伯ウンベルト2世の娘
1092-1154 23歳結婚 62歳没
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すべて後妻の子
●フィリップ 王太子 早逝
●ルイ7世 次代国王
●アンリ 聖職者
●ロベール
アニェス・ド・ギャルランと結婚、アルヴィズ・デヴルーと再婚、アニェス・ド・ボードモンと再々婚
●コンスタンス 
ブローニュ伯ウスタシュ4世と結婚死別、トゥールーズ伯レーモン5世と再婚
●フィリップ 聖職者
●ピエール 
エリザベート・ド・クルトネーと結婚
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by xMUGIx | 2003-01-05 00:00 | フランス

カペー朝

◆国王フィリップ1世
先代アンリ1世の子
1052-1108 8歳即位 56歳没

*8歳で即位したため、母アンヌがフランス史上初の女性摂政となった。
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■前妻 ベルト・ド・オランド 幽閉のまま死亡
ホラント伯フロリス1世の娘
1055-1093 22歳結婚 38歳没
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■後妻 ベルトラード・ド・モンフォール 人妻
1070-1117 47歳没
19歳でアンジュー伯フルク4世と結婚、駆け落ち、22歳で国王フィリップ1世と再婚
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フィリップは40歳を過ぎてから不倫に走る。
相手はアンジュー伯フルク4世の妻ベルトラード、W不倫である。
ベルトラードは夫を捨てフィリップの元へ出奔し、フィリップはベルタを幽閉する。
ベルタは将来自分の息子が国王になるのも知らず死んでゆく。

美しく官能的なベルトラードにフィリップはすっかりのぼせ上がってしまった。
妻を寝取られたアンジュー伯はベルトラードを返すように要求。
教皇はこの事態に激怒しフィリップを破門した。
後に破門を解かれたが
フィリップとベルトラードが付いたり離れたりする度に破門が繰り返された。
繰り返される破門によりフィリップ1世の権威は失墜し、実権は王太子ルイに移った。
フィリップが亡くなると王太子ルイがルイ6世として即位したため、
失意のベルトラードは修道院に入った。


二人の妻とのスキャンダルを描いた絵
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●前妻の子 コンスタンス 
シャンパーニュ伯ユーグと結婚、アンティオキア公ボエモン1世と再婚
●前妻の子 ルイ6世 次代国王
●後妻の子 フィリップ
●後妻の子 フロリュス
●後妻の子 セシーリア 
ガリラヤ公タンクレードと結婚、トリポリ伯ポンスと再婚
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by xMUGIx | 2003-01-04 00:00 | フランス

カペー朝

◆国王アンリ1世
先代ロベール2世の子
1008-1060 23歳即位 52歳没
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■前妻 マティルド・ド・フリーズ 死別
フリースラント辺境伯リウドルフの娘
1024-1044 10歳結婚 20歳没●実子ナシ
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■後妻 アンナ・ヤロスラヴナ
キエフ大公ヤロスラフ1世の娘
1024-1075 27歳結婚 51歳没
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*当時は7親等までの結婚は近親結婚とされたので、
どこかで必ず血の繋がりのあるヨーロッパの王室には適当な相手はいなくなってしまった。
そこでキエフまで花嫁を探して見つけてきたのがアンナである。
当時はフランスよりもキエフの方が国際的地位は高かった。
ブロンドの美しい女性であり、字も読めるインテリであるアンナに、
アンリはたちまち心を動かされた。
大量のビザンツ帝国の金貨を持参金に嫁いでくる。

*アンナはアンリ1世が亡くなるとすぐにヴァロワ伯ラウール3世と愛し合うようになり
それを隠そうともしなかった。
ラウールには妻がいたがアンヌと結婚した。
教皇はアンヌとラウールを破門した。
宮廷から遠ざけられた2人はそれでも睦まじく暮らした。
ラウールが亡くなるとアンヌは宮廷に戻った。
息子のフィリップ1世は母を許して迎えた。




すべて後妻の子
●フィリップ1世 次代国王
●ユーグ1世 
アデライード・ド・ヴェルマンドワと結婚
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by xMUGIx | 2003-01-03 00:00 | フランス

カペー朝

◆国王ロベール2世
先代ユーグ・カペーの子
972-1031 24歳即位 59歳没

勉強に励み教養が高く信心深く、敬虔王とまで呼ばれたロベール2世だったが、
即位してすぐに女性問題でつまづく。
ブロワ伯ウード1世の未亡人と不倫関係になり、
妻ロザーラと離婚してベルトと再婚する。

しかしローマ教皇はこれを許さずロベール2世は破門されてしまう。
ロベール2世は表向きベルトと別れて破門を解いてもらうが、
隠れて同居を続けたため、破門と許しが繰り返される事態となる。

周囲に多大な迷惑をかけた再婚だったが、
ベルトに子供ができなかったため結局離婚、新妻コンスタンスと再々婚。
しかしコンスタンスは家庭ではわがまま放題、
政治にも口を出すという気性の激しいタイプで、
嫌になったロベール2世はコンスタンスと別れてベルトと復縁したいと
ローマ教皇に申し出るが、相手にされなかった。

長男のユーグが反乱を起こし、続いて二男アンリと三男ロベールも反乱を起こした。
息子たちと戦っている最中に戦死した。
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■最初の妻 ロザーラ・ディタリー バツイチ 離婚
イタリア王ベレンガーリオ2世の娘
937-1003 66歳没●実子ナシ

フランドル伯アルヌール2世の未亡人。
父王が多産であることを見込んで息子の妻とした。
父王の死後、2番目の妻ベルトと愛人関係となったため、ロザーラを離婚する。
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■2番目の妻 ベルト・ド・ブルゴーニュ バツイチ 離婚
ブルグント王コンラートの娘
964-1010 46歳没●実子ナシ
19歳でブロワ伯ウード1世と結婚
32歳でロベール2世と再婚離婚

ブロワ伯ウード1世の未亡人。
最初の妻を捨て、愛人関係にあったベルトと再婚したが、
マタイトコだったため教皇はこれを近親結婚として婚姻の無効を宣告した。
それでも同居を続けた二人に対して、神の怒りを恐れた家臣や召使までもが避け始めた。
さらにベルトとの間に子供ができなかったこともあってベルトを離婚する。
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■3番目の妻 コンスタンス・ダルル 幽閉のまま死亡
アルル伯ギヨーム1世の娘
986-1034 15歳結婚 48歳没

吟遊詩人を連れて嫁いできて恋の歌を歌わせたので、
風紀の乱れに宮廷の人々は眉をひそめた。
ロベールの子供はすべてコンスタンスが生んだ子であるが、
長男ユーグが早逝すると、
二男アンリは嫌いだから三男ロベールを即位させたいと言い出したが、
ロベールはこれを聞き入れずアンリを即位させた。
そこでロベールの死後アンリに反旗を翻したため、幽閉され死亡する。
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すべて3番目の妻の子
●アドヴィザ 
ヌヴェール伯ルノー1世と結婚
●ユーグ 王太子 早逝
●アンリ1世 次代国王
●アデル 
ノルマンディー公リシャール3世と結婚、フランドル伯ボードゥアン5世と再婚
●ロベール1世 
エリー・ド・サミュールと結婚離婚、エルマンガルド・ダンジューと再婚
●ウード
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by xMUGIx | 2003-01-02 00:00 | フランス

カペー朝

◆国王ユーグ・カペー
ユーグ大公の子
938-996 49歳即位 58歳没

選挙によりユーグ・カぺーが国王に選ばれた。
カペー朝の始まりである。

ちなみにカペーとは俗人修道院長が羽織った丈の短い外套のことで
元はユーグ自身に付けられたあだ名であったが、後に家名となった。
ユーグ・カペーの末裔たちは白百合(フルール・ド・リス)を共通の紋章として用いている。
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■妻 アデライード・ダキテーヌ
アキテーヌ公ギヨーム3世の娘
945-1004 25歳結婚 59歳没
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●エドヴィジュ/アヴォワーズ
●ロベール2世 次代国王
●ジゼル
●アデル/アリックス
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by xMUGIx | 2003-01-01 00:00 | フランス


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