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by xMUGIx
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ロマノフ朝

◆1907年

*皇帝一家は08月から11月10日までバルト海で静養、約3ヶ月首都を留守にする

*この年のニコライ2世の日記には、アンナの登場は39回、ラスプーチンの登場は2回


■03月05日 第2回国会開かれる


■新しい女友達アンナが登場して、皇后はミリツァ&スタナと疎遠になる。
アンナは宮殿から200メートルの距離に屋敷を与えられ、
皇帝と皇后は今度はアンナの家でラスプーチンと密会を続ける。

*アンナの家は
屋根付きの大きな玄関と食堂、ピアノのある客間、二階には3つの寝室があった。
宮殿直通の電話も引かれていた。


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宗教家 フェオフォン

ミリツァとスタナの姉妹、
ピョートル・ニコラエヴィチとニコライ・ニコラエヴィチの兄弟と
皇帝一家との良好だった関係は壊れてしまいました。
これはラスプーチン自身が私にうっかり口をすべられて言った事です。
彼が言ったわずかな言葉から私が出した結論は、
ラスプーチンが皇帝に自分の考えを吹き込んだのだろうという事です。


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ボグダノヴィチ将軍夫人の日記

ニコライ・ニコラエヴィチ大公と皇帝の関係は、
大公の妻スタナと皇后の仲と同様完全に冷え切ってしまった。


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アンナ・ヴィルボヴァ

私がミリツァの家でラスプーチンと知り合ったのは1907年、
結婚の数日前のことでした。私は結婚に不安を感じていました。
というのも、夫になる人の事をほとんど何も知らなかったのです。
彼女の家で皇后と皇帝がラスプーチンに会っているという話は聞いていました。
ミリツァは一人で私を客間に通し、
「世の中には店から才能を授かり予言能力を持った人達がいる」といった事を話しました。
ミリツァはこの話を私に1時間近くした後、
「私がラスプーチンと復活大祭の時のように3度接吻を交わしても驚かないように」
と言ったのです。私はとても不安になりました。
そのうえ「何でも望む事を彼にお願いしなさい。彼は何でも神様に頼む事ができるのよ」
などと言うものですからなおさらです。
ラスプーチンはミリツァと接吻を交わし、それからミリツァが私を彼に紹介しました。
彼の眼窩の奥に鋭く光る目に驚きました。
私は「結婚すべきでしょうか」と尋ねました。
ラスプーチンは、結婚するようにと勧めてくれました。
でも、「結婚は不幸なものになるだろう」とも言ったのです。


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ニコライ2世の日記 1907年02月11日

アンナと夕食をともにした。彼女は海軍中尉ヴィルボフと婚約した。

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ニコライ2世の日記 1907年02月17日

アンナは婚約した男性ヴィルボフを私に紹介した。

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ニコライ2世の日記 1907年04月19日

お茶の後でグリゴリーに会い、話ができてうれしかった。
アンナと夕食をともにした。


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ニコライ2世の日記 1907年05月13日

アンナは上の部屋で婚礼服を着た。彼女に祝福を与えてから教会へ行った。
結婚式の後で出席者全員が、教会の広間で若い二人に祝詞を述べた。


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ニコライ2世の日記 1907年10月30日

ヴィルボフ夫妻のところへ行き、海軍軍人と晩のひとときを過ごした。

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■11月27日 第3回国会開かれる、この国会は5年間の満了まで続く。


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皇帝の妹 オリガ・アレクサンドロヴナ大公女

ラスプーチンはしつこく
「なぜ子供がいないんだ?夫を愛しているのか?」などと不躾な質問をした。
アレクサンドラが彼の不作法に何も口出ししない事にもっと驚いた。
兄夫婦は私がラスプーチンを気に入る事を期待している事がわかったが、
とてもそんな気になれなかった。

ラスプーチンは私に再び会えた事をひどく喜んでいる様子だった。
そして女主人アンナがニコライとアレクサンドラとともに
ほんのしばらく客間から離れた時、
ラスプーチンは近寄ってきて手を私の肩に回し私の手を撫でた。
私はすぐさま飛び退いた。

夫は暗い顔をして、「これからはラスプーチンを避けなくてはならない」と言った。
それは私が夫の正しさを認めた、最初にして唯一の時だった。

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■冬 ラスプーチンは故郷に村一番の家を新築する


*家族と住んでいた1階はありふれた農家の造りだったが、
2階は都会風に整えられていた。
天井からはシャンデリアが吊り下げられ、床一面の柔らかい絨緞、
ウィーン風の椅子がどの部屋にも置かれている。
柔らかいスプリングのきいたマットレスを備えた二つの大きなベッド。
ピアノ・蓄音機・絹を張った深紅の肱掛椅子・長椅子・寝椅子・書き物机。
黒い木製のケースに入った2つの振り子時計が時を打ち、
さらに壁にも別の時計が掛っていた。


■アンナはさらに自分の親戚ユリア・フォン・デーンを皇后に紹介して、
2番目の親友の座に収めた。
彼女は海軍大佐カルル・フォン・デーンの妻で、リリと呼ばれた。


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皇后の友人&ラスプーチンの信者 リリ・デーン

*リリは、1907年ツァールスコエ・セロの庭園で初めて皇后に会う。

繁みの中をほっそりとした背の高い女性がこちらに進んできました。
白無垢の服で、帽子から薄い白いヴェールを垂らしていました。
繊細な色白の顔で、髪は赤味がかった金色、目はダークブルーで、
身体は柳の枝のようにしなやかでした。
彼女の真珠は素晴らしく、
ダイアのイアリングが頭を動かすたびにキラキラ光ったのを覚えています。
皇后が強い英語アクセントのロシア語を話されるのに気がつきました。

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by xMUGIx | 2008-02-07 00:00 | ロシア
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