直球感想文 洋館

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by xMUGIx
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ロマノフ朝

◆1910年

*皇帝一家は08月28日から11月16日までドイツに外遊、2ヶ月半首都を留守にする


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皇帝の妹 クセニア・アレクサンドロヴナ大公女 1910年01月14日

ラスプーチンの件は本当に悲しく、ニッキーが気の毒だ。
私には理解できない。


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ボグダノヴィチ将軍夫人の日記 1910年04月02日

ラスプーチンとアンナは宮中への出入りがいつでも自由だ。

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出版者 アレクセイ・フィリッポフ

ラスプーチンはこの時期、金に窮していました。
20から100ルーブリくらいのさほど大きくはない額ですが、
借りて行っては返せる時に返しに来るといった具合でした。
「そんなに皇后と親しいのに金に困っているのか」と聞いてみたことがあります。
彼は答えました。「ケチなんだよ、皇后は。100ルーブリくれたとするだろう。
で、1週間後にもう一度無心すると、
『だって、もう100ルーブリ差し上げたでしょう』なんて言うんだから」


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皇帝の妹 オリガ・アレクサンドロヴナ大公女

アレクサンドラはしまり屋でしたね。
ラスプーチンには金をやらず、絹のシャツや帯を与えました。
彼が身に着けていた金の十字架もアレクサンドラのプレゼントでした。


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宗教家 イリオドル

ラスプーチンはサテンのシャツを指しながら私に言った。
「このシャツは皇后が刺繍してくれたんだ。
皇后が刺繍してくれたシャツはまだ他にもある」
ラスプーチンの妻がシャツを何枚か持ってきた。
私はしげしげとそれを眺めた。
赤いシャツ・白い絹織のシャツ・白い高価な亜麻織の物。
それぞれ衿と袖に刺繍があった。


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ボグダノヴィチ将軍夫人の日記 1910年06月16日

皇后はラスプーチンの事を詐欺師だの何だのと叫ぶ人達に腹を立てている。
そのせいで家庭教師のソフィア・チュッチェワと養育係のマリア・ヴィシニャコワには
2ヶ月の暇が言い渡された。


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家庭教師 ソフィア・チェッチュワ 大詩人フォードル・チェッチェフの孫娘

子供部屋の側に行くと、大変な騒ぎの真っただ中でした。
ヴィシニャコワが目に涙を浮かべて語ってくれたのですが、
彼女と他の女性信者たちは鞭身派の宗教儀式に参加したというのです。
そして聖霊の命じるところと思っていたものが、単なる淫蕩だとわかったのでした。
しかもラスプーチンは、
この女性達の懺悔聴聞司祭であるフェオファンにこの事を言わないよう警告したのです。
『フェオファンは頭の単純な男だから、この秘跡が理解できず非難するだろう』
というわけです。

ヴィシニャコワは皇后の元へ向かいました。
しかし皇后はデマなど信じませんと言って、その事を話すのも禁じてしまいました。
私の所に急使がやってきて、6時30分に執務室へ来るようにとの皇帝の命を伝えました。
皇帝は『何のために呼んだか見当がつくでしょう。
子供部屋では何が起こっているのですか』
私は話しました。
『では、あなたもラスプーチンが聖人だという事を信じないのですね?』
私は信じませんと答えました。
「では、私がこの何年間かを生きてこられたのも
ひとえに彼の祈りのお陰だと言ったら、どう答えますか?」
そして皇帝はそんな噂は信じない、
清らかなものには汚れたものがくっつくものだなどとおっしゃり、
「陛下のあまりに清らかな御心では、
どんなに汚らわしいものに御自分が取り囲まれているかお気づきにならないのです。
ああいった人間が皇室の御嬢様達に近づきうると思うとぞっとします」
と私は申し上げました。
「私が自分の子供達の敵だとでも言うのですか?」と皇帝は反発されました。
皇帝はこれはみんな嘘だと信じており、
皇后はラスプーチンの噂話について、清い人にはすべての物が清いのだと言い始めた。


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養育係 マリア・ヴィシニャコワ 貴族出身

1910年の春でしたか、
皇后陛下からトボリスクのヴェルホトゥリエ修道院に行く事を勧められました。
3週間ほどの予定で行ってきたらどうかとおっしゃるのです。
この旅行にはラスプーチンとロフチナ夫人、
それからジナイーダ・マンシュタットという女性も参加する事になっていました。
ヴェルホトゥリエ修道院には2,3日滞在し、
それからラスプーチンに招かれてポクロフスコエ村の彼の家に向かいました。
ラスプーチンの家は二階建てで大きく、かなり立派な家具調度が備えられ、
まあ中流の役人の家といったところでしょうか。
下の階にはラスプーチンの妻と食客達が住んでいて、
私達には上の階の部屋が別々に与えられました。
ある夜中、ラスプーチンは私の部屋に来てキスをし始め、
私をヒステリー状態に陥れ純潔を奪ったのです。
彼が下着だけの姿でジナイーダ・マンシュタットと寝ている所を目撃した事もあります。
ペテルブルクに戻ると、私は皇后陛下に洗いざらい御報告いたしました。
皇后陛下は私の言葉を意に介されず、
「ラスプーチンの行うことは何であれすべて神聖なのです」と仰せられました。


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宗教家 アントーニ

ヴォルヒニエの療養所に送られたマリアは、私にラスプーチンに誘惑された事を告白した。
彼女はラスプーチンと宮廷の関係について詳細に述べ、
皇帝の子供達を悪魔から救ってほしいと言った。
私は皇帝に謁見を願い出て、彼女の言った事を繰り返した。
しかし皇帝は、それは家族の問題で教会に立ち入る権利はないと言った。
「そうではございません、陛下。皇太子は陛下の御子息であるだけではありません。
将来我々の統治者となる方で、ロシアのものでございます」
しかし皇帝は、宮廷内の事に干渉されるのは我慢できないと言った。
「ロシアの皇帝であられるならば、
隠し立てのない水晶の宮殿にお住まいになるべきだ考える事をお許しいただきたいのです」
皇帝は私に退出を命じた。


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ラスプーチンの信者 マリア・ゴロヴィナ

1910年、私は夢中になっていた人を失いました。
私のイトコの妻であるアレクサンドラ・ピストリコルスはラスプーチン様の知り合いでした。
彼は当時悲しみに沈んだ者を慰められる聖人と見なされていたのです。
私が初めてラスプーチン様に会ったのはほんの数分だけでしたが、
彼は私に素晴らしい感銘を与えました。


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ラスプーチン暗殺者の一人 フェリックス・ユスポフ公爵

マリアは繊細と言う以上に過敏で、影響されやすく神経質だった。
常に心の赴くままに行動し、感情が理性に勝っていた。
超常現象にすぐ夢中になる彼女の宗教的感情は、不健全な神秘主義に冒されていた。
あまりに信じやすくナイーブな彼女は、
人間を正確に見分けることも事柄を客観的に判断することもできなかったのである。
ゆえに、
ラスプーチンがゴロヴィナ家に入り込むことができたにも怪しむには足らないだろう。
この純潔このうえない娘は、
すぐにラスプーチンに奴隷のように献身的に仕えるようになった。


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軍人 ニコライ・サブリン

ラスプーチンが婦人達に破廉恥な事をしているという噂は私の耳にも届いてきました。
私ははじめこんな噂を信じませんでした。
上流の御婦人があんな薄汚い農夫に身を委ねる事などありえないと思われたからです。
こういった噂を皇后には話すことができませんでした。
ラスプーチンに関するたとえごくかすかな不信でもほのめかされようものなら、
それは皇后に病的な作用を及ぼしました。
私は皇帝陛下に、「世間を刺激せぬようラスプーチンをトボリスクに
送り返した方がよろしいのではないでしょうか」と何度も申し上げました。
しかし皇帝陛下はその御性格のせいで曖昧な返事をされるだけでした。
そうでなければ、「その件は皇后と話し合うように」とおっしゃるだけだったのです。


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宗教家 フェオファン

私は最後の手段を取る事にしました。
すべてを公然と暴露し、皇帝に話してしまうという事です。
皇帝に手紙を書きましたが、
私を引見したのは皇帝ではなく皇后で、アンナも同席していました。
私は一時間近く話し、
ラスプーチンが精神的誘惑にさらされている事を証明しようとしました。
皇后は反論し、興奮して神学書の言葉まで持ち出しました。
私は彼女の論拠をことごとく論破しましたが、
皇后は「そんなことはすべて嘘で誹謗中傷です」と繰り返すばかり。
私はこれ以上ラスプーチンと付き合う事はできないと言って、会話を締めくくりました。

私は皇帝に2通目の手紙を書き、ラスプーチンが精神的誘惑にさらされているだけでなく、
宗教的・道徳的な意味において罪人であると断言したのです。
罪人であるというのは、ラスプーチンが自分の信者達を誘惑している事です。
しかし、皇帝が私の話を聞こうとも理解しようともしていないと感じました。


※皇帝は彼をペテルブルクからアストラハンに左遷させる命令を出した。
昨日まで皇后の懺悔聴聞司祭であったフェオファンは追放されたのである。

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■ロフチナの夫は真相に気づき、ラスプーチンと手を切るように妻に言い渡した。
しかし妻の答えは
「彼は聖人なのです。あなたは神様のお恵みを追い払おうとしているのです」
というものだった。


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ラスプーチンの信者 ロフチナ

1910年に私は家族ときっぱり別れました。
家族は私にラスプーチン様を捨てる事を要求し、
私が彼とともに暮らす事を望まなかったのです。


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ラスプーチンの信者 マリア・ゴロヴィナ

ロフチナはペテルブルクの自分の住居ばかりでなく、
贈与という形で自分の娘名義にした
カザン県の自分の領地へも立ち入りを許されなくなって、
彼女は白い修道衣に裸足という姿で、人の施し物だけで暮らすようになりました。


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■ロフチナ家を追い出されたラスプーチンは、
ロフチン夫妻を通じて出会った出版者ゲオルギー・サゾーノフの家に鞍替えする


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出版者 ゲオルギー・サゾーノフ

ラスプーチンは「お二人はロシアの大地を守るために神が遣わされた両親だから」と
皇帝と皇后をパパ・ママと呼んでいました。
ラスプーチンが公園を歩いていると、向こうから皇后が馬車に乗ってやってきました。
ラスプーチンの姿を遠くから認めると皇后は馬車を止めさせて彼に駆けより、
公園にいた皆が見ている前で彼の手に接吻したのです。

ラスプーチンが女性達と浴場に通っているという噂が耳に入ったので彼を問い質しました。
ラスプーチンはその通りだと答え、こう付け足しました。
「皇帝陛下も御存知のことで、俺は二人だけで行くんじゃなくて大勢で一緒なんだ」
それから彼は、自分が最大の罪だと見なすのは傲慢さだと説明したのです。
「上流階級の御婦人達はおごりでいっぱいだ。
このおごりを払い落とすには、彼女たちを貶める必要がある。
薄汚い農夫と一緒に浴場に行かなければならない」
民衆の魂というものを深く理解している私には、これはもっともな考え方に思えました。


*サゾーノフの妻も
ラスプーチンと公衆浴場の個室を利用した事が秘密警察に記録されている。
サゾーノフはラフチナの夫と同じ立場になったのである。

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[PR]
by xMUGIx | 2008-02-10 00:00 | ロシア
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