直球感想文 洋館

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by xMUGIx
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愛新覚羅氏

◆昭和32年12月01日

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福永嫮生

その日の昼前、姉は体調が悪いらしく早めに帰宅しました。
夕方になってアラカワと名乗る男子学生から電話がありました。
姉は「私、風邪をひいて休んでおりますのよ。そんなこと、無理ですわ。
いらしていただいても困りますッ!」と拒絶。しかし結局押し切られたようで、
「自由ヶ丘に行って参ります。一時間ほどで戻って参りますから」
と言って出かけ、しばらくしてから帰ってきたのです。
姉は父とよく似ていて、人から頼まれると断れない性格でした。

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◆昭和32年12月02日 慧生、3人にSOSを送る

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佐藤静代の証言

「ちょっとオサトに見ていただきたいものがあるの」
慧生はショルダーバッグの口を開いた。バッグいっぱいに新聞紙の包みが見えた。
「これ、ピストルなの」
「どうなさったの!そんな恐ろしいものを」
「大久保君が青森のご実家から持ち出されたものなの。
『この銃で自殺する』っておっしゃって。
わたくし一生懸命説得してお預かりしましたのよ」
慧生に動揺した様子はなく、いつものおっとりとした口ぶりだった。
「重いのよ。持ってごらんなさい」 慧生はバッグを佐藤に差し出した。
「こんなもの持っていらっしゃるだけでも危ないわ。
どなたかちゃんとした方にお預けになった方がよろしいわ。そうなさいませ」
手に持ったバッグを戻し、佐藤はそう言った。
「ええ・・・」 慧生は少し途方に暮れるような眼差しをした。
「こんな怖いものお持ちになっちゃだめよ。おわかりになって」
「ええ、そうしますわ」


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木下明子

いつも大久保さんとのこといろいろ聞かされて私の心がマヒしていたのか、
あのことの2日前にエコちゃんのハンドバッグの中に
大久保さんから預かったというピストルを見ておりながら、
それがあんなことになろうとは夢にも思い及ばなかったとは、
本当に申し訳ないと思うと同時に自分が情けなくなります。


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慧生と思われる女性から新星学寮の穂積五一宛に電話が入る。
穂積はインフルエンザで寝込んでいたため妻が対応したが、
相手は名乗らず「大久保さんが最近・・・」と言ったところで切れた。
そのため妻は穂積に特にこの電話のことを告げなかった。

夜、大久保が穂積に相談したいことがあると来るが、
穂積が発熱中のため何も言わず部屋へ戻る。


◆昭和32年12月03日 事件前日 

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佐藤静代の証言

佐藤は大学で慧生の顔を見るなり昨日のピストルの件を尋ねたが、
慧生の反応は鈍く「ええ・・・」と言ったきりそれ以上は話さなかった。
佐藤は「大久保君に絶対渡してはだめよ」と念を押した。
二人は「じゃ、ご機嫌よう」と笑顔で別れた。
佐藤は慧生に特に変わった様子はなく、
ピストルの件は何らかの形で解決され事なきを得たものと思っていた。


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新星寮生の証言

大久保は、最近不安定な精神状態にあった。
酒もやめ、アルバイトをして、生活を慎ましくして、結婚資金を貯めるのだと言っていた。
「大学院へ行きたいのだが結婚のために働かなければならぬ。
高校の先生になる以外ない」などと漏らしていた。


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新星寮生の証言

大久保は部屋を片付け、友人にやると言って辞書類を風呂敷包みにして外出した。

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辞書類をもらった友人の証言

「国文科をやめるから、この辞書は君にやる」と言って渡し、
7時頃外で夕食をとって11時頃別れた。
死ぬようなそぶりは感じられず、おかしいとも思わなかった。


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◆昭和32年12月04日 事件当日

慧生は朝8時いつものように弁当を持って家族に挨拶をして自宅を出る。
複数の目撃者がいることから、大学には向かったものと思われる。
大久保は朝、スーツにコート、カバンを持って寮を出る。

12月04日の消印で大久保の手紙は慧生から、慧生の手紙は大久保から、
それぞれまとめて別のポストから大久保の母宛に郵送する。
慧生がまとめた大久保の手紙は、02月05日を境に2束に分けて赤いリボンで結ばれ、
慧生の字で「婚約前」「婚約後」と記されていた

12月04日の消印で、慧生は穂積五一宛ての遺書を投函する。

二人の貯金をおろし、大久保は自分の靴を買い、慧生にエンゲージリング買う。

二人は夕方修善寺駅からタクシーに乗り、午後5時頃天城峠のトンネルの手前で降りた。
タクシーの拾えるような場所ではないことから
運転手が「待っていましょうか」と言ったが、
男は「地理はよく知っているからいい」と言って少し登りかけてまた戻り、
「最終のバスは何時か」と聞いた。女が先に立って道を登って行った。
不審に感じた運転手はその後 警察に通報した。

門限の午後8時になっても慧生が帰宅しないことから、
嵯峨家はあちこちに問い合わせ、午後10時と午後11時には新星学寮にも電話を入れる。
寮生が大久保の部屋を捜索すると、日記が破ってあり、
スクラップブックに貼ってあった慧生からの手紙もはがし取られていた。

※この日すでに二人は心中していた。

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福永嫮生

当時わたくしは学習院女子高等科の2年生でございましたから高田馬場へ、
姉は大学のある目白へ通っておりました。
『ナイナイ(お母さん)、行って参ります』と、
いつものようにお弁当を持って姉の方が一足早く家を出たのでございます。
変わらない穏やかな声でございました。
ところが、門限の午後8時を過ぎても帰ってきません。
家族は心配して親戚中に電話をかけまくりましたが、姉の所在は不明。
大久保さんが住んでいる学生寮に電話をかけても、彼もまた帰ってはいませんでした。

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◆昭和32年12月05日

午前、嵯峨家が新星学寮を訪れる
午後、12月04日消印の慧生から穂積宛ての遺書が配達される
夕方、嵯峨家が再度訪問、慧生の母親に見せたいからと慧生の遺書を持ち帰る。
穂積はすぐに返却することを条件に遺書を貸し出す。


◆昭和32年12月06日

出奔前に大久保が伊豆の地図を見ていたことを頼りに、寮生たちが捜索を始める。

夜、嵯峨家が事件を公表する。


◆昭和32年12月07日

新聞各紙の朝刊のトップ記事となる。

学習院の同級生らが捜索に加わる。
木下明子・佐藤静代も参加。

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木下明子の証言

正午、木下明子は穂積五一に電話を入れる。
エコちゃんのお母様から、
報道関係には大久保さんに誘拐されたと言ってほしいとの申し出あり。
私は今後一切報道関係には会わぬ。

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◆昭和32年12月08日

嵯峨家と大久保家が話し合いの末、事態を穂積に一任することを決定、
穂積は交際を認めるから戻ってくるよう新聞・ラジオを通じて呼びかける。


◆昭和32年12月09日

遺留品が発見される。
男物の靴・女物のレインシューズ・男物のシャツ・
女物のシャツ、シュミーズ、ズロース、上履きズロース。
女物のシャツとシュミーズは肩の部分がかなり破れていた。
二人はここで新品の下着と靴に着替えたものと思われる。


◆昭和32年12月10日 遺体発見

午前9時半頃、
天城トンネルからハイキングコースを登った百日紅の木の下で二人の遺体発見。

大久保は、黒のオーバー、紺のズボン、新品の靴、右こめかみに穴、
右手にピストルを持っていた。
ピストルは、戦前満州で憲兵をしていた大久保の父の持ち物だった。

慧生は、黒のオーバー・水色のセーター・白地に黒と茶の格子のスカート・黄土色の靴。
左こめかみに穴、左目を半ば開いている。左手にはエンゲージリング。
腕時計は07時20分で止まっていた。

遺体のそばには、紙に包まれた髪の毛と爪が置いてあった。
二人の両手の爪先は歯で噛み切ったようにギザギザであった。
半分食べた甘栗の袋と食べた皮を包んだ新聞紙・懐中時計・学用品・
靴下止め・コンパクト・口紅3本・香水2瓶・その他。

午後5時湯ヶ島の派出所で検死後、納棺。
二人の遺体は三島で荼毘に付すことになる。
別行動を取ろうとする嵯峨家に対して、
学生たちは二人の柩を一緒に霊柩車に乗せてほしいと頼む。
午後11時火葬。嵯峨家は慧生の遺骨と先に帰ってしまう。
分骨して骨だけでも一緒にさせてほしいという学生たちの申し出は拒否される。
大久保家もこのまま青森に戻りたいと言う。
穂積が説得して大久保の遺骨は寮に運ぶことになる。


◆昭和32年12月11日

慧生は自宅の嵯峨家で、大久保は寮で、それぞれ通夜が行われる。


◆昭和32年12月12日

午後1時、嵯峨家の400坪の庭で慧生の告別式が行われる。

返却してもらうはずだった慧生の遺書は焼却したとの嵯峨家の返事に穂積は激怒する。


◆昭和32年12月13日
大久保家、遺骨とともに青森へ戻る。
新星学寮生と学習院生が上野駅まで見送る。


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穂積五一

12月05日、慧生さんの封書の手紙が配達された。
便箋5枚ほどに、綺麗な文字で細々と澄み切った感動を与える手紙であった。
『何も残さないつもりでしたが、先生には気が済まないので筆を取りました。
大久保さんからいろいろ彼自身の悩みと生きている価値がないということをたびたび聞き、
私はそれを思いとどまるよう何回も話しました。
12月02日の日も長い間大久保さんの話を聞いて、
私が今まで考えていたことが不純で、
大久保さんの考えの方が正しいという結論に達しました。
それでも私はなんとかして大久保さんの気持ちを変えようと思い先生にお電話しましたが、
お風邪で寝ていらっしゃるとのことでお話しできませんでした。
私が大久保さんと一緒に行動を取るのは、彼に強要されたからではありません。
また私と大久保さんのおつきあいの破綻やいざこざでこうなったのではありませんが、
一般の人にはおそらく理解していただけないと思います。
けれど、先生にだけはわかっていただけるものと思います。
両親・諸先生・お友達の方々を思うと、なんとも耐えられない気持ちです』

大久保君は慧生さんのこともまったく誠実一路であったが、
それだけに慧生さんのある時期までの彼を試すような態度は
彼の神経をすり減らしたに違いない。
大久保君は慧生さんとの交際によって自分の頑なな性格が和み清められてゆく喜びを
絶えず寮友にもらし慧生さんを天使のように崇めていたが、
交わりがどちらからともなく接近するに及んで性の問題に逢着するに至った。
その上、例えばボーズ氏の態度や手紙も当時の彼に影響がなかったとは言えないだろう。
大久保君の死の原因は、
このような諸々の事がらが交錯して彼を痛めたところにあるように思われる。

大久保君が慧生さんのことで私に相談したのは前後3回にとどまっている。
当初彼女との交際について、
次にその年の暮れの慧生さんをめぐる決闘事件、
最後に越えて昭和32年の10月末頃のセックスについての質問。

慧生さんが大久保君を本当に選ぶに至ったことは、私には実は意外であった。
慧生さんに初めて会った時、いがぐり頭の、さして風采のあがらぬ、
ややかたくなな感じを与える大久保君とあまりにも違う、
美しく聡明で物柔らかな慧生さんとはおよそ対照的で、
二人は恋愛に進まない、大久保君は失恋に終わると私に思わせた。
大久保君のことをひたすら家人に秘し
家人に同調して彼を誹謗しながら一人苦しんでいた彼女、
打ち明ける家人とてなく何でも木下さんに話さねばいられなかった彼女、
惻々の情禁じ得ないものがある。
大久保君と慧生さんはかくして遂に相携えて天城山に消えたのである。
二人の御両親の嘆きは深く消えることのないものであるが、
それだけにこの悲しい死の事実に反省を願ってやまない。


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福永嫮生

姉のコートのポケットには、
父が千葉の稲毛の海岸で拾いました美しい小石が入っておりました。
会うことすらかなわない父に繋がる たった一つの宝物として、
姉はいつも肌身離さず持っていたのでございます。

姉の死から、母も私も体調を悪くして寝込みがちになってしまいました。
学習院高等科の先生は姉の事件について「学習院の名誉を汚された」と話され、
私は精神的なショックを受けました。
十二指腸潰瘍になって、それから何年も治らなかったのです。

二人を乗せたタクシーの運転手は、姉が大久保さんに何度もこう話したのを聞いています。
「ここまで来れば気が済んだでしょう。遅いから、もう帰りましょう」
さらに登山道に沿ってちぎられた学習院大学のパンフレットが点々と続いていました。
それは生還のための目印だったはずです。

家に残された姉のカレンダーには、12月の予定がびっしりと書き込まれていました。
来年の年賀状も書きかけのまま机の上に積まれていました。
注文したオーバーコートもまもなく出来上がる予定で、
姉はそれが届くのをとても楽しみにしていました。
それに若い女性が死を覚悟するような時、自分の身の回りでこれだけは
後始末をしておかなければ恥ずかしいと思い当たることがあるはずです。
姉はその後始末をしないまま家を出ていました。
きっと帰宅すると心に決めていたからに違いありません。


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木下明子

あの時、ああすれがよかった、
こうもすればよかったと悔やまれることばかりでございます。
あのころエコちゃんはほとんど毎日のように、その日あったいろいろなこと、
特に大久保さんのことをまるで報告するように私にお話しになっていらっしゃいました。
けれども、お家には何もお話しになっていないとのことでございました。
御自分ではお話になっていないおつもりでも、
きっとお母様方は御存知になっていらっしゃるとばかり思っておりました。
ところが事件後、お家には一言もお話になっていなかったと承り、
何にもおっしゃらずに死んで行ったエコちゃんの御心の中を察して、
本当にお気の毒に存じます。

ただお二人のお手紙からもおわかりになると思いますが、
お二人は本当に愛し合っておりました。
それは常にお二人の間にいた私が一番よく存じていることであります。
そして最後には生命まで捧げて愛されたその方を、
なにか誘拐者のように言われますことは、
エコちゃんにとってもどんなにか悲しいことではないかしらと思われてなりません。
どう考えても、すべての点で聡明なエコちゃんが、誘われたからといって、
それだけでついて行くようなそんな無分別な軽はずみな方ではないと、
今でも私はかたく信じております。


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佐藤静代

天城で運転手から聞いた言葉が今でも耳から離れない。
「今なら、まだ間に合う」というのは、
「今なら、帰宅時間に間に合うから」という意味ではないかと思っている。
エコちゃんは少なくともタクシーを降りる時点まで死ぬつもりはなく、
死にたくなかったが、帰るに帰れなくなって、ついに死の道行きに巻き込まれてしまった。
エコちゃんはいつも大久保君の母親の役割をしていらした。
穂積先生に最後の手紙を書いた後も、
何とか自殺を思いとどまらせようと一生懸命だったと思います。
彼女はどんな時でも人を拒まない優しさをお持ちでした。
その優しさが命取りになったのだと思います。
今でも銃を見せられた時、一緒について行ってあげればよかったと。
ああすればよかった、こうもすればと。
もう事件から50年以上も経っていますけれど、ずっと心にトゲのように刺さったままで。
助けを求めていたエコちゃんを引き止めることができなくて、
申し訳なかったという気持ちでいっぱいです。
『エコちゃん、本当は死にたくなかったのよね』
そう、彼女の亡骸に声をかけてあげたいのです。


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クラスメイトだった男子学生

エコちゃんは、美しく上品で優雅、聡明、快活。
勉学だけでなく、音楽や美術にも造詣が深かった。
大久保は自分の孤独を救い励ましてくれる女神か天使のように一方的に憧れ、
一途に慕っていた。
感情と行動に距離がなく猪突猛進、愚直なまでに実直な男だったから、
上流のお姫様だったエコちゃんにとっては
彼の行動のすべては新鮮な驚きだったんじゃないかな。
華族社会にはない新しい関係だというような。
エコちゃんは性別を問わず誰にでも誠意を尽くして付き合う人だったから、
秘かに心を寄せていた男性は多かったと思う。
エコちゃんは無菌状態で大学に入ってきて、誰に対してもあまりにも優しすぎた。
純真すぎて、
一人で死のうとする大久保を放っておけなくて悲劇に繋がってしまったんだと思う。


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by xMUGIx | 2007-01-15 00:00 | 中国
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