直球感想文 洋館

2017年 更新中
by xMUGIx
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愛新覚羅氏

◆昭和32年01月

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昭和32年01月01日 大久保から慧生への手紙

12月30日午後0時半過ぎ、日吉のお宅を訪問いたしました。御存知でしたか?
28日夜、眠らずにいろいろ考えました。
29日朝に至り、日吉に参ろうと決心いたしました。
どんなことがあっても、【慧子】に一度お会いしたかったのです。
誰が何と言おうとどんなことが起ろうとも、その意は曲げられませんでした。
御女中の御言葉ですと、だいぶ調子が良いとのことゆえ、
そしてお休みになってるとのことゆえ、お会い致したくお見舞いに上がったのでしたが、
一筆記して帰るより仕方がありませんでした。
門を入るや、スピッツが武道の姿を見て吠えたてて帰るまでやめませんでした。
犬にも親しまれぬのかと考えると情けなくもあった。
確か妹さんと思いますが、家の中のより武道の姿をかいま見ていましたね。
【慧子】に本当によく似ていましたね。
姉妹とは似てるものとは知りながら、【慧子】に一目会えたような気になりました。

風邪で休んでおられたのにわざわざ登校され、
冷たい教室で語ったために悪化したのではないかと思い、
武道どうしようもない気持ちです。
武道のような人間に好意と愛情を持って下さり、誠に感謝にたえません。
ふてくされたような武道のゆえに、
いまだ人前で泣いたことのないという【慧子】が泣いてくれました。
その心を必ずしも誠に受けなかった武道の頑迷、いま反省して深く恥じ入ります。

【慧子】は以前別れる時に武道がよく口にした言葉
「もし生きていたら、また会いましょう」、この言葉を【慧子】は大変嫌いましたね。
そういうことは口にすべき言葉ではありませんね。以降用いません。


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慧生が木下明子に語った言葉

お家の人ったら武道さんのことをなんて図々しい人なんだろうと言うの。
わたくしも、ほんとね、ねんて図々しいひとでしょうって調子を合わせておいたけど、
そんな自分が哀れになってお布団かぶって泣いちゃったわ。


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昭和32年01月02日

父はとやかく言いましたが、母は武道の気持ちをわかって下さいました。
いい母を持ったと思います。

もう日吉には参りません。気を悪くしてなどおりません。満足いたしております。
誰がなんと言おうとどのように扱われようと、
そんなことよりもっともっと大切なことがあったのです。
そのゆえ無理して、無理を知りながら決行したのです。
小生何も悔いなく新年を迎え得ました。


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大久保の父 大久保弥三郎

なにしろ武道が家に帰ると、すぐ後を追って毎日のように手紙が来る。
裏を見ると愛新覚羅慧生と書いてある。
愛新覚羅家がどんな家であるかはもちろん私も知っていたので心配はしていたが、
二人がそんなに思いつめていたとは気がつかなかった。


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◆昭和32年02月05日 秘密の婚約
目白のそば屋で語り合った末に、二人は婚約を決める。

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慧生が木下明子に語った言葉

大久保さんはこう言うの。エコちゃんの将来のために自分は身を引きます。
けれどもしエコちゃんの身に何か不幸なことが起こったら、
いつでも僕が引き受けますって。その一言で、私の心は崩れたの。

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◆昭和32年6月 婚約解消騒ぎ

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木下明子の証言

婚約したものの、実際に結婚する際のトラブルを考えると慧生は腰が引けた。
慧生はお互いに相愛する気持ちに変わりはないけれども、
お互いの将来を縛るような婚約は一度解消した方がよくないかと言い出した。
大久保は絶望のあまり「人生に真面目な努力をする意欲はなくなった。
不良にでも遊び人にでも、何にでもなる」と言い、
数日後慧生に「俺は赤線に行ったよ」と告げた。
慧生は木村明子のところへ飛んで行って、
「汚らわしい。もう絶対にやめる。これで決心がついたわ。
決心がついた以上穂積先生にもハッキリ申し上げてキチンとしていただこうと思うの。
お願いだから一緒に行っていただけない?
わたくしオトナの前へ出ると唇が痙攣して物が言えないんですもの」
明子は念を押した。
「エコちゃん、今日はオトナにお話しするのよ。
いいかげんなことは言えないのよ。大丈夫?」
「大丈夫! 絶対に別れる」
穂積と対座しても慧生は世間話ばかりしていっこうに用件を切り出さない。
たまりかねた明子が切り出した。ところが穂積の返答はピントはずれだった。
穂積はこの時まだ二人の婚約を知らなかったので、いつもの痴話喧嘩だと思ったのだ。
穂積が大久保の欠点と美点を話すと慧生は嬉しそうに賛同したため、
明子は馬鹿らしくなり、結局別れ話も立ち消えになった。
ちなみに、赤線へ行ったというのは嘘だった。

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◆昭和32年07月
大久保は大学院進学をあきらめ、アルバイトをして二人の将来のために貯金を始める。
金は慧生が預かり、月に一度預金するルールとなっていた。


◆昭和32年08月

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昭和32年08月01日 慧生から木下明子への手紙

私の方は御陰様でどうにかやっておりますから御安心くださいませ。
でも決してスムーズというわけではなく相変わらずケンカばかり盛大にしておりますが、
成り行きに任せていきたいと思っております。

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◆昭和32年秋

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慧生が木下明子に語った言葉

父の愛も知らず、長い間離れて暮らした母は
満州からの引き上げの時には一緒にひどい苦労をしたという感情から
妹には一心同体のような愛情を持っているらしい。
可愛がって育ててくれた祖母も、今はサッサと自分の部屋に閉じこもってしまうし、
叔父もお嫁さんが来てからは離れの自分たちの生活に入ってしまうし、
この孤独感はどうしようもない。
大久保さんは待ち合せの時間に自分が遅れても、
それがたとえ2時間になろうと3時間になろうと必ず待っていてくれる。
たいていの男の人はそんなに待つなんてことはしないだろう、見栄のために。
あの人にはそういう見栄はないのだ、ただ自分のまごころに忠実なだけなのだ。
何よりも感ずることは、
人間の心の暖かさ、誠実さ、気楽さ、ほのぼのとした人間味である。
髪がボサボサでもいい、下駄を履いていてもいい、そんなことは枝葉末節だ。
虚飾と虚栄だけの世界を浮遊しているような自分たちの生活から見れば、
これが人間の生き方だという感じがしみじみとする。

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◆昭和32年11月

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木下明子

私は念を押しました。
「学校を卒業して大久保さんと結婚すると言うけれど、
大久保さんの月給はいくら良くても1万3000円ぐらいのものでしょう。
あなた、本当にそれでやっていける覚悟があるの?」
「私のことをお嬢様とお思いになっていらっしゃるかもしれないけれども、
今の私の家の生活はとても苦しいのよ。
私は夕餉のオカズがサンマ一尾という生活だってできるのよ。
それに共稼ぎだって何だってする覚悟もあるのよ。だけど私は身体が弱いでしょ。
大久保さんはそれを心配して、
たとえ自分は飢えても君にはそんなことさせないとおっしゃるの」

話はお家の人々の反対を押し切って結婚した場合のことに移りました。
「お母様は私が中国へ帰るものと思い込んで
中国語を習わせたりして期待してくださっているので、
とても悪くて帰る意志がないなんてことは言えないの。
私が中国へ帰りたくないというのは、大久保さんとの結婚とは別の問題なのよ。
わかるでしょう。
でももし私が大久保さんと結婚したいと思ってるなどということがわかったら、
学校へも行かせてくださらないかもしれないわ。
だからといってあと3年間それを黙っているなんて、
お母様を裏切ることになるのでとても苦しいの」

聡明なエコちゃんは対策を立てたのです。
それは大久保さんとの交際の仕方を思い切って改めるということでした。
学校でも今までのようにいつも二人でいるというようなことはやめる、
手紙の往復もやめ、一方通行にする(自分の方からだけ出す)
お会いするのは日を決めて一週間に一度とし、そのかわりその日はゆっくりお話しする。
こうすればお家の方にトラブルの起こることも防げるし、
また大久保さんのためにもなると言うのです。


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慧生が佐藤静代に語った言葉

わたくし、いずれ中国に帰って蒙古の王族と結婚させられるかもしれないわ。
いやだわ。でも、たぶんそうなりますわ。


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福永嫮生

中国のことはすべて『お姉様がおやりになること』と、
その頃のわたくしは学生生活を気楽に楽しんでおりましたの。
わたくしは小さい頃の中国への恐怖心が強うございましたので、
姉ほどの思いはなかったのでございます。
姉は『将来、日中の架け橋になるために北京の大学に留学したい』
『いつの日か父と一緒に中国文学を研究したい』
という夢をよくわたくしに話してくれておりましたが、
わたくしはのうのうと日々を過ごしておりました。

父は私たち姉妹が結婚適齢期に近づいたことに手紙で触れていました。
『もしそういう問題が起こったら、結婚は本人次第。
周囲は助言する程度にとどめておくこと。
慧生が選ぶ相手なら間違いないと、私は信じている』
そんな父の手紙に姉は喜びました。
「お父様って、世界で一番理解があって、御立派ね」

姉は大久保さんと交際するようになり、
父に『ボーイフレンドがいて、彼が好きだ』と書き送っていたと後で知りました。
母が二人の交際について好感を持っていないことについて姉は触れず、
『どうしたらよいか』と悩んで父にアドバイスを求めていました。
父はその手紙だけでは返事のしようもなく、
戦犯管理所にいる身だけに、こう書き送っています。
『詳しい事情がわからないから、母の言うとおりにするように』

父からの返事は、姉が期待した内容ではなかったかもしれません。
姉は家族から大久保さんとの交際を良く思われなくて、
思い余って父に手紙を書いたのでしょう。
しかし、思いつめた様子も、落ち込んだ様子も見えませんでした。
生きるの死ぬのといった深刻な状況にはとても見えなかったのです。


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11月10日 慧生から大久保への手紙

家に帰ってから、やはり少し熱が出てしまいました。
学校に参りませんでもどうぞ御心配なさいませんよう。お便りなど下さいませんよう。
でも今日は本当にお茶の水まで行ってお会いできたかいがございました。
あんなに良いお母様だとわかって、
本当に武道様の妻にしていただく幸せを感じております。
熱は大したことはございませんから、
くれぐれも御心配なさらないよう、くれぐれも御見舞いやお便りは下さいませんように。
こんな至らないところばかりの私を変わらずに思ってくださること、
本当に申し訳なく存じております。少しでも良い妻になれるようにつとめて参ります。
どうぞくれぐれも御心配なさらないでね。私はいつまでも武道様と御一緒におります。
あと2年すれば御一緒にいられますから。
どうぞ将来のことをお思いになって、御見舞いにはいらっしゃらないでね。
それから御手紙もね。それではまた、ごきげんよう。
大好きな大好きな大好きな大好きな大好きな大好きな大好きな大好きな 武道様へ


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11月17日 慧生から大久保への手紙

武道様は普通の人と変わっていらっしゃって、
服装なんてあまりお構いにならないし、人に対しても割にそうでしょう。
私がどんな格好をしても平気で歩いて下さるし、
私の家庭のことなんかも平気で受け入れて下さるし、
そういう根本的な思いやりと礼儀がおありになる方なのです。
私は武道様のそういう根本的なあたたかさが好きなのです。
失礼ながら下品な言葉で言えば、「ゾッコン参って」います。

それに比べて私は、やはりうわべということからなかなか解脱しきれない人間です。
下駄をおはきになることや帽子をおかぶりになることを、
とやかく申し上げたことつくづく恥ずかしいことだったと思います。
私の感覚からすればどう感じるにしても、
武道様がかぶることを是となさってかぶっていらっしゃることですから、
快くかぶらせてあげることが私のなすべきことだと思います。
世間の人があまりかぶっていないとしても、
自分の夫を世間並みにさせようとすることこそ、女の浅知恵というものだと思います。
ですから帽子をおかぶりになりたかったら、おかぶりになって下さいませ。
本当に私って、愚痴だとか虚栄心だとかおしゃべりだとか、
女の典型的な悪いところの停留所のようなものね。
これから少しずつ気をつけて捨てるように心がけますから、
どうかもうしばらく我慢なさってちょうだい。


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11月20日 慧生から大久保への手紙

大学だけでおやめになってもかまわないとおっしゃっていらっしゃいましたけれども、
今はそうお思いになっても将来きっと後悔をなさると思います。
ですからこの際、
大学院にお進みになることを一応の方針になさってはいかがかと存じます。
私のことはお考えにならずに、
本当に御自分で一番なさるべきコースをよくお考えになって下さいませ。
私ひとりが女性というわけではございませんが、お仕事の方はそうはまいりません。
お仕事は生涯に繋がることでもあり、たった一つのことでございます。
もし私と結婚してくださるために学業も途中でなげうったりなさるようなことがあれば、
武道様のお仕事と生涯を狂わせる結果になり、私はそれを一生苦にしなければなりません。
こんなに身体が弱い身では、武道様に御負担をおかけするばかりだと思います。
私が家で寝ていることが多ければ、それだけお仕事の負担になります。
身体が丈夫なこと、これが家庭生活の何より一番必要な資本でございますから。
私は武道様のためになることでしたら、いつでも喜んで身を引くつもりでございます。
どうぞ、くれぐれももう一度お考えになって下さいませ。


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11月23日 大久保から慧生への手紙

大学院進学については考えることが多々あります。
大学院を出て博士になり大学教授という名の職業に就いて生涯を送ることは、
田舎の一教員として名を知られることもなく終わることに比べると、
世俗的意味においては確かに出世ということにはなるでしょう。
そのような名誉欲は、小生と言えども凡人なるがゆえにあることを認めます。
私は正直に言います。博士もよい、古文書にかじりつくこともよい、
しかし生まれた者を正しく強く育てることの方が、
より楽しくより責任の高い仕事であると私は信じます。
これから伸びていこうとする新しい芽を育て、
正しい道を示すことが自分の天職と考えております。
以上のように、私は大学院に行く心は寸分だにございません。

たとえ御身が私と結婚してくださらぬとしても、大学院などには参りません。
私は結婚について、何も立派な条件は持っておりません。
また相手に対しても何も望みません。
ただ私とともに清貧に甘んじてくれて、私の考えをよく理解してくれて、
私の子供を正しく育ててくれる女性でありさえすればよろしいのです。
確かにエコは身体が弱いかもしれない。しかし私は御身が一年中床の中にいるとしても、
私の心を解してくれさえしたら何も望みはいたしません。
言いたいことは、済まないが、御身が私を誰よりも愛し信じていてくれるなら、
結婚してくださいということだけ。
私は御身を誰よりも愛している。御身のすべてを愛している。


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◆同月 男子学生に婚約のことがバレる
ボーズ氏は慧生や木下が属しているサークルのリーダーだった。
木下はボーズ氏に呼び出され、慧生への思慕を打ち明けられた。
木下は以前から慧生に「なんとか断ってよ」と頼まれていたことから良い機会と思い、
「でも、エコちゃんは大久保さんと婚約なすっていらっしゃるのよ」と言った。
ショックを受けたボーズ氏は、慧生と大久保に長文の手紙を送る。

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11月26日 慧生から木下明子への手紙

昨日大久保さんからお手紙いただいとのでございますが、
ボーズ氏から大久保さんに13枚くらいのお手紙が行ったとのこと。
そのお手紙も同封してございましたが、ずいぶん感じが悪くて腹が立ちました。
私の悪口がほとんどなので、ずいぶん卑怯なことをなさると思いました。
大久保さんは全然なんとも思っていないらしいのでそれはよろしいのでございますが、
でもこのことボース氏にはおっしゃらないでくださいませ。


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11月28日 慧生から大久保への手紙
 
帰りましたらボーズ氏からの手紙が机の上に乗っておりました。
ボーズ氏のお手紙読んでみて、くやしいという私個人の感情を取り除いてよく考えみれば、
確かにボーズ氏のおっしゃるような欠点がございます。
また、私のこれまで取ってきた態度を振り返ってみれば、
私という人間がボーズ氏のおっしゃるように価値判断されたのも当然だと思います。

国文の男性の方の中では私は決して良い目で見られていないこと、よく存じております。
それもみんな私の天邪鬼から来たことで、
武道様との感情を人に知られたくなかったためでしたけれども、
どんな理由があったにしてもそのために他の人を平然と犠牲にしたとすれば、
一般的に罪悪であることにかわりはございません。
武道様を好きなら好きで、
それを堂々と伸ばせなかったところに私の性格の欠陥があったと思います。
どんな理由があったにしたところで人の感情を平然と弄んだということは、
私にそれだけ不感症な部分があったということでございます。

私は武道様の御方針を私の方針とし、武道様の御性格を私の性格として、
あくまでも武道様について行くつもりでございましたから、
私自身の性格のことについてはいくらかなおざりにしていたようでございます。
けれども、子供を育て家庭を作っていくことを考えてみますと、
ことに子供に与える影響を考えます時、
これはやはり私自身の性格を直さなければと思います。
同じ屋根の下に住んでいる家族の者にいたしましても、
母でさえも私の性格についてはすべては知っておりません。
家で生活しておりましても、
ただ食事を一緒にして雑談するだけの家族には少しもわかってはおりません。
私のすべてを、少なくとも一番多く知っていらっしゃるのは、
なんといっても武道様でございます。
私の家のこともすべて御存知のうえ、同級生として友人として恋人として夫として、
あらゆる角度からほとんどすべての角度から御存知でございましょう。

2月婚約の頃、武道様から私の欠点を指摘していただいたことがございましたね。
あの時の御言葉、今でも覚えております。
たとえ貧しくとも
本当に正しいことはどこまでもやり抜くことが本当の生き方だということを、
理論ではなく御自分の生涯をかけて私に教えて下さろうとしていらっしゃいます。
私とて理論ではたとえ貧しくても正しいことを貫き信頼し合って生きていくことが
一番正しい良い生き方だとは思っておりましたけれども、
イージーゴーイングなプチブル的な家庭に育った関係上、
いざとなると理論が先走ってしまって本当に腰をすえて考えることはできませんでした。
武道様がいらっしゃらなかったら、
私はイージーゴーイング的な生き方から抜け切れなかったかもしれません。
私の性格の良いところも悪いところも、
小さい時からの環境の影響がずいぶんございました。
これらの生涯を、これまでの生活と縁を切って
一緒に過ごして下さろうと言って下さることが最大の御忠告でもあり、
本当の意味での信念に基づいた生活を教えて下さることでもあると思います。


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木下明子の証言

新調したブルーのカーディガンを「似合うでしょう」と一回転して見せてから、
「実はちょっとお話があるの」二人が奥の方のテーブルに腰を下ろすと
慧生は小声で「誰にも聞こえないわね」と言ってから静かに語りだした。

「ある意味では
あれだけ正確にわたくしの欠点を衝いたボーズ氏のお手紙をお読みになっても、
大久保さんはわたくしに対する態度を少しもお変えにならないの」
と非常な感激を示した。


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by xMUGIx | 2007-01-14 00:00 | 中国
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