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ロシア皇帝ニコライ2世のイトコ その2

◆父 ウラジーミル・アレクサンドロヴィチ大公←皇帝アレクサンドル2世の子
1847-1909 62歳没




■母 マリア・パヴロヴナ
←メクレンブルク=シュヴェリーン大公女マリー・アレクサンドリーネ
1854-1920 66歳没

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●キリル
バツイチのエディンバラ公爵令嬢ヴィクトリア・メリタと結婚
●ボリス
バツイチのジナイーダ・ラシェフスカヤと結婚
●アンドレイ
皇帝ニコライ2世の元愛人のバレリーナのマチルダ・クシェシンスカヤと結婚
●エレナ 
ギリシア王子ニコラオスと結婚


座る キリル
立つ左から ボリス アンドレイ エレナ 
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立つ左から キリル キリルの妻ヴィクトリア エレナの夫ニコラオス エレナ
座る左かた ボリス 母マリア アンドレイ
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●キリル・ウラジーミロヴィチ大公●子供3人
1876-1938 62歳没
バツイチのエディンバラ公爵令嬢ヴィクトリア・メリタと結婚
→ヴィクトリア・フョードロヴナ
1876-1936 60歳没

*海軍軍人。

*ヴィクトリア・メリタは、
18歳で父方のいとこヘッセン大公エルンスト・ルートヴィヒと結婚して子供1人、
25歳で離婚、
29歳で母方いとこキリルと再婚して子供3人、60歳没。

*キリルとロシア皇帝ニコライ2世はイトコ、
ヴィクトリア・メリタとニコライ2世の妻アレクサンドラはイトコ、
そしてヴィクトリア・メリタはかつて皇后アレクサンドラの兄エルンスト・ルートヴィヒと
結婚離婚しているという関係から、
この再婚によってヴィクトリア・メリタと皇后アレクサンドラの仲は険悪になった。

*ロシア革命により亡命、亡命ロシア人から担ぎ上げられて
キリルはロシア皇帝として返り咲くことを夢見るようになり、
その実現のためにヴィクトリアはナチスに接近。

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バレリーナ マチルダ・クシェシンスカヤ

*独身時代の皇帝ニコライ2世の愛人、
ニコライ2世のイトコのセルゲイ・ミハイロヴィチ大公の愛人、
セルゲイの従甥アンドレイ・ウラジーミロヴィチ大公と結婚。

1935年貴賤結婚の問題を制度化するために、キリル大公は貴賤結婚による妻と子は
自ら選んだ苗字の前に『ロマノフスキー』という苗字を付けてもよいと決められた。
しかし貴賤結婚の該当者はほとんどこの勅令に従わず『ロマノフ』の名を使い続けた。

1936年ヴィクトリア・フョードロヴナ大公妃がドイツで亡くなられた。
娘のライニンゲン侯爵夫人マリヤ・キリロヴナの元を訪問されている最中だった。
キリル大公は大公妃が亡くなられた後はひどく落ち込まれ気力が弱ってしまわれたが、
1938年05月ポツダムで行われた娘のキーラ大公女の結婚式には出席された。
しかし09月突然体調が悪化し、10月に亡くなられた。

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●ボリス・ヴラディーミロヴィチ大公●庶子アリ
1877-1943 66歳没
バツイチのジナイーダ・ラシェフスカヤと貴賤結婚
1898-1963 65歳没

*プレイボーイ。

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バレリーナ マチルダ・クシェシンスカヤ

*独身時代の皇帝ニコライ2世の愛人、
ニコライ2世のイトコのセルゲイ・ミハイロヴィチ大公の愛人、
セルゲイの従甥アンドレイ・ウラジーミロヴィチ大公と結婚。

私達が亡命後コート・ダジュールにいた頃、
ボリス・ヴラディーミロヴィチ大公とジナイーダにもお会いした。
二人はロシアを出た後ジェノヴァで結婚し、一時的にニースに住んでおられた。

1943年11月ボリス大公が亡くなられた。
夫人のジナイーダが危篤だと知らせてきたため、急いで出かけたのだがもう遅かった。
ボリス大公はいつもいきいきとして快活で、高潔で素敵な男性だった。
たくさんの人が彼の死に涙を流した。

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●アンドレイ・ウラジーミロヴィチ大公●子供1人
1879-1956 77歳没
バレリーナのマチルダ・クシェシンスカヤと貴賤結婚
1872-1971 99歳没

*マチルダは18歳で独身時代の皇帝ニコライ2世の愛人となり、
22歳でニコライが結婚したためイトコのセルゲイ・ミハイロヴィチ大公の愛人になり、
28歳でセルゲイの従甥アンドレイ・ウラジーミロヴィチ大公の愛人ともなり三角関係に、
30歳で子供1人を生み、両名とも自分が父親であると主張したがアンドレイが認知、
両名からプロポーズされていたが49歳でアンドレイを選んで結婚、
ロシア革命で亡命後はフランスでバレエの指導者となり、99歳没。

*子供の父親としてアンドレイ・ウラジーミロヴィチ大公の父親
ウラジーミル・アレクサンドロヴィチ大公の名前も囁かれた。
しかし、いずれにしても【ロマノフの子】には変わりないという事に落ち着いた。

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ロシア首相 セルゲイ・ウィッテ

アンドレイ・ウラジーミロヴィチ大公は1902年頃からグレだし、
高貴の身分としてはいかがわしい行いを始めた。

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●エレナ・ウラジーミロヴナ大公女●子供3人
1882-1957 75歳没 
ギリシア王子ニコラオスと結婚
1872-1938 66歳没

*エレナは幼い頃から感情の制御ができず、一度婚約破棄されたほど難しい性格だった。
ニコラオスとの結婚も危ぶまれたが、なぜか夫婦仲は良好であった。
ただし、ギリシャ宮廷は迷惑をこうむった。

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by xMUGIx | 2011-02-22 00:00 | 御貴族様
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