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2017年 更新中
by xMUGIx
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ロマノフ朝

皇帝ニコライ1世の子供


●アレクサンドル2世 
次代皇帝
●マリア 
ロイヒテンベルク公マクシミリアン・ド・ボアルネと結婚死別、
グレゴリー・ストロガノフ伯爵と貴賤再婚
●オリガ 
ヴュルテンベルク王カール1世と結婚
●アレクサンドラ 
ヘッセン=カッセル方伯フリードリヒの前妻・本人死別
●コンスタンチン 
ザクセン=アルテンブルク公女アレクサンドラと結婚
●ニコライ 
オルデンブルク公女アレクサンドリーネと結婚・別居
●ミハイル 
バーデン大公女ツェツィーリエと結婚




●アレクサンドル2世 次代皇帝

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●マリア・ニコラエヴナ大公女●前夫に子供6人、後夫に子供1人 
1819-1876 57歳没

*20歳で結婚して子供6人、後夫と不倫、33歳で前夫と死別、
35歳で後夫と再婚して子供1人、57歳没。

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ロシア首相 セルゲイ・ウィッテ

マリア・ニコラエヴナ大公女が夫と良い関係にあったのは結婚当初だけで、
皇帝アレクサンドル3世や宮中の考えでは、
マリア公女・ニコライ公子・エヴゲニヤ公女だけが本当に夫の血を受け継いだ子供で、
後の公子達は疑惑を差しはさむ余地があると解していた。
ことにゲオルギー公子はストロガノフ伯爵の子であると見られていた。
事実マリア大公女は夫が死ぬとすぐに、
非常に美男子の評判が高かったストロガノフ伯爵に嫁したのは周知の事である。

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■前夫 ロイヒテンベルク公マクシミリアン・ド・ボアルネ←ナポレオン一族 死別
1817-1852 35歳没
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■後夫 グレゴリー・ストロガノフ伯爵と貴賤再婚 夫30歳&妻35歳で再婚
1824-1879 55歳没
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●オリガ・ニコラエヴナ大公女●実子ナシ 
1822-1892 70歳没
ヴュルテンベルク王カール1世と結婚
1823-1891 68歳没

*カール1世は同性愛者。

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★夫の愛人チャールズ・ウッドコック アメリカ人

*カールがチャールズに男爵の地位を与えたことから、非難を浴びる。




●アレクサンドラ・ニコラエヴナ大公女●実子ナシ 
1825-1844 19歳没
ヘッセン=カッセル方伯フリードリヒの前妻・本人死別
1820-1884 64歳没

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●コンスタンチン・ニコラエヴィチ大公●子供5人 
1827-1892 65歳没
アレクサンドラ・イオシフォヴナと結婚←ザクセン=アルテンブルク公女アレクサンドラ
1830-1911 81歳没

*コンスタンチンは気性が荒く、短気で非社交的な性格だった。
芸術を愛し、特に音楽を好み、チェロが得意だった。

*アレクサンドラは美しさ、快活さ、優雅さでロシア社交界で人気を得る。

*夫がチェロ、妻がピアノを弾いて楽しむなど音楽の趣味は共有できたのだが、
コンスタンチンが教養派であるのに対し、アレクサンドラは教養がなかった。
夫婦仲は冷え始めて夫が愛人を作るに至り、妻はオカルトや神秘主義に傾倒してゆく。

*愛人アンナ・クズネツォーヴァと庶子を同じ宮殿に住まわせて顰蹙を買う。

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ロシア首相 セルゲイ・ウィッテ

コンスタンチン・ニコラエヴィチ大公とニコライ・ニコラエヴィチ大公が
ひどく皇帝アレクサンドル3世の不興を蒙ったのは、
両大公が女優と同棲し皇族としていかがわしい生活をしていたのが主なる原因であった。

コンスタンチン大公が正しい家庭生活をしていたら、
おそらく皇帝との関係も当時のように先鋭化されなかった事であろう。
コンスタンチン大公が踊り子のアンナと一緒に
ロシア各地や外国までも旅行して歩くような事をしなかったら、
彼に対する皇帝の不興もかくまでひどくはならなかったであろう。
であるからコンスタンチン大公は皇帝よりもはるかに年長の叔父であったにもかかわらず
ペテルブルクに来る事ができないで、常に外国かヤルタに住んでいたのである。

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★愛人アンナ・クズネツォーヴァ バレリーナ 庶子2人アリ
1847-1922 75歳没




●ニコライ・ニコラエヴィチ大公●子供2人 
1831-1891 60歳没

*妻アレクサンドラは、
18歳で結婚して子供2人、30代で別居、51歳で修道女となり、62歳没。

*ニコライは女と金にだらしなかった。
陰で「妻以外のすべての女を愛している男」と言われた。

*アレクサンドラは不細工で服装に無頓着、非社交的で洗練されていなかった。
夫の兄 皇帝アレクサンドル2世に夫の不倫を訴えるが、
皇帝は逆にアレクサンドラに愛人を見習ってもっと身なりに構うように説教する始末だった。

*ニコライは晩年脳に腫瘍ができ発狂、幽閉された。

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ロシア首相 セルゲイ・ウィッテ

コンスタンチン・ニコラエヴィチ大公とニコライ・ニコラエヴィチ大公が
ひどく皇帝アレクサンドル3世の不興を蒙ったのは、
両大公が女優と同棲し皇族としていかがわしい生活をしていたのが主なる原因であった。
ニコライ大公が踊り子のエカチェリーナと同棲した事に起因している。
ニコライ大公とこの踊り子との間には一人の子供、
皇帝ニコライ1世に似た非常に美しい女の子があった。
ニコライ大公はアレクサンドル3世を非常に恐れていた。
その観念はアレクサンドル3世の治世を通じ、死ぬまで抜けなかった。

ニコライ大公が常に他の婦人と同棲していること、および
アレクサンドラ大公妃が二子を生んだ後まったく夫と別居していた事を見れば、
この夫妻の間柄は決して円満なものではなかった。
ニコライ大公はかなり聞こえた放蕩者であったし、
またアレクサンドラ大公妃も温良な聡明ではあったが変わった性格の人であった。
大公妃は久しき以前から腰の疾患のため歩行不自由の身であった。
彼女はキエフの広大な王宮に
家令のロストフツォフと侍僧のレベデフの二人のみを相手に寂しき日を送っていた。
それで彼の地のやや身分のある者はおおかた招かれて宮殿に伺候した。
私達夫婦も常に出入りしていた。
しかし大公妃が侍僧レベデフを愛顧すること甚だ分に過ぎ、
レベデフもまた寵遇に慣れて挙措すこぶる専恣であったので、
両者の関係を普通以上にあるかの如く風評する者も少なくなかった。
皇帝アレクサンドル3世はこの風評を耳にすると大いなる不快を禁じ得ず、
大公妃がキエフ宮殿に居住する事を禁じ、レベデフを首都に召還してしまった。
大公妃はその後キエフに近いドニエプル河畔に宏壮な邸宅を建設した。
それは半ば僧院であり、半ば病院であった。
大公妃はここで信仰と慈善事業に余生を送ったのである。

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■アレクサンドラ・ペトロヴナと結婚・別居←オルデンブルク公女アレクサンドリーネ
1838-1900 62歳没
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★愛人バレリーナのエカチェリーナ・チスロヴァ●庶子4人
1846-1889 43歳没
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●ミハイル・ニコラエヴィチ大公●子供7人
1832-1909 77歳没
オリガ・フョードロヴナと結婚←バーデン大公女ツェツィーリエ
1839-1891 52歳没

*ミハイルは女にハマって家庭を顧みなかった兄達と違って放蕩はしなかったが、
代りに軍務にハマって家庭を顧みなかった。

*妻オリガも、子供達をスパルタで育てた。

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ミハイルの又姪 マリア・パヴロヴナ大公女  

大叔父に当るミハイル大公は格段に背が高く、
エレガントな老紳士だったのが印象に強い。
均整の取れた優美な態度が完璧に演じられる人で愛想が良く、
今ではすっかり消滅してしまった一昔前の王侯貴族特有の雰囲気を身辺に漂わせ、
周囲の心をとらえて離さなかった。
祖父時代の宮廷作法通り、男性同士の会話にはトゥイを用いる最後の大公でもあった。
かなり老齢だったにもかかわらず、
婦人の前では必ず優雅なしぐさで腰を折り手の甲に接吻を授けた。


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ロシア首相 セルゲイ・ウィッテ

ミハイル・ニコラエヴィチ大公は国民の親愛を得ていた温厚な人であったが、
妻オリガ大公妃は国民に極めて不人気だった。
彼女は艶麗で小才があり小策を弄することを好む陰謀家であった。

ミハイル・ニコラエヴィチ大公はかなり狭隧な人間で、
政治的にも狭隧であり政治的教養も少なかったが、伝統的な大公であった。
伝統の人であったため、コーカサス提督に任命された時に彼は伝統、
すなわちキリスト教化したコーカサスの住民に対して差別的待遇をせず、
ロシア人同様に扱うという方針を忠実に守った。

彼は物質的方面、すなわち金や土地に少しも執着を持たぬ人間であった。
しかし彼の妻オリガ大公妃は、
その方面では裏面で糸を引いた事はコーカサスにおける周知の事実である。


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by xMUGIx | 2008-01-20 00:00 | ロシア
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