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by xMUGIx
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ロマノフ朝

皇帝アレクサンドル3世の子供


●ニコライ2世
次代皇帝
●ゲオルギー 
未婚・病死
●クセニア 
ロシア大公アレクサンドル・ミハイロヴィチと結婚
●ミハイル 
バツ2のナターリヤ・セルゲーヴナ・ヴリフェルトと貴賤結婚
●オリガ 
アレクサンドル・オリデンブルクスキー公爵と結婚離婚、
軍人ニコライ・クリコフスキーと貴賤再婚


左から ミハイル ゲオルギー 母妃マリア 手前はオリガ
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左から ミハイル 母妃マリア クセニア 後ろはオリガ
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左から オリガ ミハイル クセニア
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●ニコライ2世 次代皇帝

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●ゲオルギー・アレクサンドロヴィチ大公 未婚・病死
1871-1899 28歳没

*利発で社交的、ユーモアのセンスに優れていた。結核で死亡。
兄ニコライ2世はゲオルギーの言ったジョークを書き残しており、
時々一人でメモを取り出しては眺めて笑っていたという。

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●クセニア・アレクサンドロヴナ大公女●子供7人 
1875-1960 85歳没
ロシア大公アレクサンドル・ミハイロヴィチと結婚
1866-1933 94歳没

*幼馴染の二人は新婚時代から夫婦円満であったが、
末っ子が生まれる頃には夫婦仲は冷え切り、互いに愛人を持つようになる。

*ロシア革命により亡命した後は妻はイギリスで夫はフランスで暮らし、各自その地で亡くなる。

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ロシア首相 セルゲイ・ウィッテ

皇帝アレクサンドル3世は、
叔父アレクサンドル・ミハイロヴィチ大公を非常に敬愛されていた。
しかし大公の子供達に対しては、あまり良い感情は持っていなかった。
皇帝の目には
自分の皇女の夫としてはアレクサンドル大公はふさわしくない者に映ったのであろう。

ある時皇帝はアレクサンドル大公と一緒にフィンランド沿岸を遊航した事があった。
巡遊中何かの原因で皇帝の使用していた風呂が壊れた。
そこでアレクサンドル大公は自分の持っていたペルシャゴム製の風呂を皇帝に提供した。
皇帝はよほど気に入ったものとみえ、非常にこれを称賛された。
そこでアレクサンドル大公はこう言った。
「皇帝陛下は、とうとう僕にも一つぐらい良いものあると発見したよ」
事実これは皇帝がアレクサンドル大公に対して初めて与えた称賛の言葉であった。
皇帝はアレクサンドル大公の事といえば何でもかんでも片っ端から批評し、
気に入った事は一つも無かったのであった。

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●ミハイル・アレクサンドロヴィチ大公●子供1人 
1878-1918 40歳没

*ロシア革命で処刑

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ロシア首相 セルゲイ・ウィッテ

ミハイル・アレクサンドロヴィチ大公は才智や教養の点では皇帝ニコライ2世に劣っていたが、
その性格は父帝アレクサンドル3世にそっくりであった。

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★元恋人ベアトリス・オブ・エディンバラ イギリス王子/エディンバラ公爵アルフレッドの娘
1884-1966 82歳没

*相思相愛となるが、イトコであることを理由に結婚を認められなかった。
(皇帝の許可があればOK)
ベアトリスはスペイン王族ガリエラ公アルフォンソと結婚する。


★元恋人アレクサンドラ・コシコフスカヤ 妹オリガの女官
1875-1923 48歳没

*貴賤結婚となるため結婚を認められなかった。


■妻 バツ2のナターリヤ・ブラソヴァと貴賤結婚
1880-1952 72歳没

*ナターリアは、22歳で音楽家セルゲイ・マモントフと結婚して子供1人、
25歳で離婚して愛人の軍人ウラジーミル・ヴルフェルトと再婚、
ミハイルと不倫関係になり子供1人、32歳で離婚してミハイルと再々婚、
38歳でミハイルと死別して亡命、72歳没。

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左から 後夫ミハイル ナターリア 前夫ウラジーミル
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●オリガ・アレクサンドロヴナ大公女●子供2人 
1882-1960 
19歳で結婚、34歳で離婚して愛人と再婚、子供2人、78歳没

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オリガのイトコ マリア・パヴロヴナ大公女 

細身でしなやかな肢体をした陽気なオリガは運動神経が抜群で、
子供のように気取らない率直さと鷹揚な心を兼ね備えていた。
彼女は素朴な人間達の間にいるのを好んだ。

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■前夫 ピョートル・オリデンブルクスキー公爵 離婚 夫33歳&妻19歳で結婚
1868-1924 56歳没

*オリガの母マリア皇后とピョートルの母エヴゲニヤ・マクシミリアノヴナ公爵夫人が
親友だった事から結婚が決まったが、ピョートルは同性愛者であった。
ギャンブル中毒で多額の借金を抱えていたことからオリガとの結婚に踏み切ったと言われる。

*ロシア革命で亡命した後、未亡人オリガ・ラトコヴァ=ログノヴァと再婚。

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■後夫 軍人ニコライ・クリコフスキーと貴賤再婚 夫35歳&妻34歳で再婚
1881-1958 77歳没

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by xMUGIx | 2008-01-24 00:00 | ロシア
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