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ロマノフ朝

皇帝パーヴェル1世の子供


すべて後妻の子
●アレクサンドル1世 次代皇帝
●コンスタンチン 
ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公女アンナ・フョードロヴナと結婚離婚、
ポーランド貴族ヨアンナ・グルジンスカと貴賤再婚
●アレクサンドラ 
オーストリア大公ヨーゼフ・アントンの前妻・本人死別
●エレナ 
メクレンブルク=シュヴェリーン大公子フリードリヒ・ルートヴィヒの
1/3番目の妻・本人死別
●マリア 
ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公カール・フリードリヒと結婚
●エカテリーナ 
オルデンブルク公子ゲオルクと結婚死別、
ヴュルテンベルク王ヴィルヘルム1世と再婚・本人死別
●アンナ 
オランダ国王ウィレム2世と結婚
●ニコライ1世 次々代皇帝
●ミハイル 
ヴュルテンベルク王女エレナ・パヴロヴナと結婚




●アレクサンドル1世 次代皇帝
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●コンスタンチン●実子ナシ 
1779-1831 52歳没

*カトリック教徒である後妻ヨアンナと貴賤結婚したため、皇位継承権を剥奪された。

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チャルトルィスキ公の証言

心は健全だが、彼の判断が正しいかどうかは予測がつかない。
愛するにしても、憎むにしても、必ず暴力が伴うからである。


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キュスティーヌ侯爵夫人の証言

ロシア軍の規律がいかに完璧かを証明するために、
観兵式で一人の将軍の足を剣で刺して見せた。


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■前妻 ザクセン=コーブルク=ザールフェルト公女ユリアーネ
→アンナ・フョードロヴナ 離婚
1781-1860 79歳没

*暴力的な夫に恐れをなして実家に逃げ帰る。

*15歳で結婚、20歳でドイツに帰国、
27歳でフランス人ジュール・ガブリエル・ド・セニューの子供生む、
31歳でスイス人ルドルフ・アブラハム・フォン・シェファリーの子供生む、
39歳で離婚成立、79歳没。
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■後妻 ポーランド貴族ヨアンナ・グルジンスカ 貴賤再婚
1791-1831 40歳没
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★愛人クララ=アンヌ・ド・ロラン

*前妻と後妻との間に関係を持った愛人。




●アレクサンドラ●実子ナシ 
1783-1801 18歳没
オーストリア大公ヨーゼフ・アントンの前妻・本人死別
1776-1847 71歳没

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●エレナ●子供2人 
1784-1803 19歳没
メクレンブルク=シュヴェリーン大公子フリードリヒ・ルートヴィヒの1/3番目の妻・本人死別
1778-1819 41歳没

*生まれた時から美しかったため、
祖母エカチェリーナ2世がトロイの傾国の美女ヘレネにちなんでエレナと名付ける。
(しかしそんな名前をつけるのは不吉なのでは?)

*姉妹の中で一番美人に育ち、陽気で快活、何かと難しい家族の中で珍しく誰からも愛された。

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●マリア●子供3人→娘アウグスタはドイツ皇后
1786-1859 73歳没
ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公カール・フリードリヒと結婚
1783-1853 70歳没

*祖母エカチェリーナ2世いわく「この子は男子に生まれるべきだった」
美術や音楽の才能があり、学術に関心が高かった。

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●エカテリーナ●前夫に子供1人、後夫に子供2人
1788-1819 31歳没

*21歳で結婚して子供1人、24歳で死別、28歳で再婚して子供2人、31歳没。 

*兄アレクサンドル1世のお気に入りの妹。政治好きでウィーン会議にも同行する。

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■前夫 オルデンブルク公子ゲオルク イトコ結婚 死別
1784-1812 28歳没
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■後夫 ヴュルテンベルク王ヴィルヘルム1世の2/3番目の妻 イトコ結婚 本人死別 
1781-1864 83歳没
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●アンナ 
1795-1865 70歳没
オランダ国王ウィレム2世と結婚
1792-1849 57歳没

*ウィレム2世は美術品蒐集家で、死後莫大な借金を残す。
アンナは弟ニコライ1世に泣きつき、買い取ってもらった。
この時の美術品がエルミタージュ美術館にある。

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●ニコライ1世 次々代皇帝
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●ミハイル●子供3人 
1798-1849 51歳没
ヴュルテンベルク王女シャルロッテと結婚→エレナ・パヴロヴナ
1807-1873 66歳没

*義兄ニコライ1世から<一家の知恵>と呼ばれたほど、知性と教養のある女性だった。

*ゆえに教養がなく軍人頭の夫との夫婦仲は悪かった。

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by xMUGIx | 2008-01-17 00:00 | ロシア
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