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by xMUGIx
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ロマノフ朝

◆皇帝アレクサンドル3世
先代アレクサンドル2世の子
1845-1894 49歳没

*身長190センチで堂々とした体格だったが、頭の働きはあまり良くなかったようで、
父親は彼に【去勢された牛】というあだ名をつけて呼んでいた。

*友人と酒を酌み交す事が何よりも楽しみで、晩年医師に飲酒を禁じられると、
皇后に見つからないように長靴に携帯用の酒瓶を隠して飲み続けていた。

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ドイツ人外交官 H・フォン・サムソン=ヒメルシュティールナ

皇帝は背が高く、堂々とした体格で、広い額を持っていた。
その外見から、彼には力強さと弱さ、傲岸さと内気さが同居していること、
彼が常に自分自身の事について思い悩む精神の持ち主である事がうかがえた。
彼が皇太子の頃は社交的でないというだけで済んでいたが、
皇帝になった後の特に最後の数年間非常に孤立してしまった事もうなずける。

皇帝は生来感じやすい性格で、絶えず矛盾に陥っているように見受けられる。
尊大な専制君主となるべく苦心を重ねているが、いまだに成功していない。
遠慮がちな性格は持って生まれた内気さのせいであり、自信に欠けているせいでもある。
皇帝は他の人間の意見にはほとんど耳を貸さない。
それは自分の意見があるからではなく、
他人から影響を受けない存在になろうと考えているからである。
依頼心を持つ事よりも、依頼心が強いと見られる事の方を恐れているからである。


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ロシア首相 セルゲイ・ウィッテ

私は二代の皇帝に近侍する光栄を持った。
アレクサンドル3世は才能・教養ともに平凡以上ではなかった。
ニコライ2世は才能においても教養においても父帝に優っていた。
しかしアレクサンドル3世はなんとなく重々しい人であった。
彼は美男子でもなく態度も別段立派なところもなく、早く言えば【熊】じみていた。
身長は高く一見丈夫らしくはあったが、
筋骨たくましいと言うでなくただ肥大なだけであった。
しかし彼が群衆の中に現れれば、
それを皇帝と知らぬ者までこれを仰視して敬愛の念を起さないではいられなかった。
彼の特徴は実に重厚なる態度であった。平淡なる温顔であった。

アレクサンドル3世は才能においてまったく平凡であった。
その才能や教養については十人並以下であったかもしれない。
外貌はロシアの大柄な農夫に似ていて、
もし似合いの服装を求むるならば農夫等の短外套とか袖無し上着等が最も相応するかと思われた。
しかしいかなる服装をしていようとも、
そこにいる者は何人でも思わず低頭したであろうほどの偉大な風格を備えていたのである。

アレクサンドル3世はどんな場合でも死を恐れなかった。
しかし皇帝がただ一つ非常に恐れるものがあった。
それは乗馬が下手だったので、馬を恐れる事だった。
マリア皇后は騎乗が上手で少しも馬を恐れなかったが、皇帝はまるで反対だった。
皇帝は晩年に非常に肥満してきた。それで主馬寮では
皇帝が安心して乗れる馬を見つけるのにずいぶん骨が折れたそうである。
主馬寮を管轄していたフレデリック男爵が私に話した事があった。
「皇帝が馬を怖がるのには僕も閉口するよ。
皇帝が安心して乗るような馬を見つけるのが一仕事だし、
その新しい馬に乗る事を皇帝に納得させるのはさらに難しいのだから」


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■妻 マリア・フョードロヴナ←マリー・ソフィー・フレデリケ・ダウマー 愛称ミニー
デンマーク王クリスチャン9世の娘/姉はイギリス王妃アレクサンドラ
1847-1928 81歳没

*マリアは最初ニコライ皇太子の婚約者であったが、ニコライが結婚前に亡くなったため、
その弟アレクサンドル3世と結婚した。

*マリアは美人で有名で多くの縁談が寄せられた。
健康で快活で社交的で、たちまちロシア宮廷の人気者となった。夫婦仲も良好だった。

*しかし子供達に対しては、頭から抑えつけようとする強い母親だった。
特に三男のミハイルは溺愛したが、長男のニコライ2世には女々しいと批判的だった。

*ロシア革命が起きると姉イギリス王妃アレクサンドラが妹一家の救出に奔走し、
息子ジョージ5世が戦艦を差し向けてマリアを救い出した。
マリアは祖国デンマークに戻った。

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姉イギリス王妃アレクサンドラと
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●ニコライ2世
次代皇帝
●ゲオルギー 
未婚・病死
●クセニア 
ロシア大公アレクサンドル・ミハイロヴィチと結婚
●ミハイル 
バツ2のナターリヤ・セルゲーヴナ・ヴリフェルトと貴賤結婚
●オリガ 
アレクサンドル・オリデンブルクスキー公爵と結婚離婚、
軍人ニコライ・クリコフスキーと貴賤再婚
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by xMUGIx | 2008-01-23 00:00 | ロシア
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