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by xMUGIx
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愛新覚羅氏

◆清朝11代 光緒帝
1871-1908 37歳没

8代道光帝の孫
道光帝の第7皇子である初代醇親王奕譞の第2王子
母は西太后の妹
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同治帝の死により、西太后に指名され3歳で即位する。
再び東太后・西太后・叔父の恭親王奕訢が摂政する三頭政治を始めたが、
東太后が突然亡くなった。
明らかな病状もない急死だったため、当時から不審死が疑われた。
さらに恭親王奕訢を失脚させ、西太后が完全に実験を握った。

光緒帝は成人すると西太后の傀儡から脱し、自らの親政により国勢回復を成し遂げようとしが、
あまりにも急進的な改革に宮廷は混乱し、保守派は西太后へ集まるようになる。

そこで西太后の幽閉を計画したが、袁世凱の密告により西太后は先手を打って光緒帝を監禁した。
ただし諸外国に反対され、光緒帝の廃位は断念した。

そのうちに光緒帝が死亡。当時から毒殺されたと囁かれていた。
21世紀になって調査を行った結果、致死量をはるかに上回る猛毒の三酸化二砒素が検出された。
犯人については、西太后ほか諸説ある。
溥儀は自伝『わが半生』の中で、
「光緒帝は直前までは元気だったが、袁世凱からの贈り物の後に急激に体調が悪化した」
と古くから宮廷に仕える宦官から聞いたと記している。


★父 初代醇親王奕譞
1840-1891 51歳没
8代道光帝の第7皇子
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光緒帝と父醇親王奕譞
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■隆裕皇太后/孝定景皇后
1868-1913 45歳没

西太后の姪
3年ごとに紫禁城で行われる選定試験<選秀女>を受けて合格、
後宮に入り皇后となる。
西太后と光緒帝が対立していたため夫婦仲は悪かった。
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★溫靖皇貴妃/瑾妃 珍妃の姉 清朝四大太妃の一人
1873-1924 51歳没

妹とともに<選秀女>を受けて合格、後宮に入る。
紫禁城の奥向きを取り仕切った。
少年時代の溥儀の生活に干渉するなど煙たい存在だった。
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★恪順皇貴妃/珍妃 瑾妃の妹
1876-1900 24歳没
姉とともに<選秀女>を受けて合格、後宮に入る。
光緒帝に最も寵愛された妃という。

義和団の乱により北京が占領された際、混乱に乗じて西太后により
井戸に突き落とされて殺された。
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西太后をはさんで 痩せているのが孝定景皇后 太っているのが瑾妃
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by xMUGIx | 2007-01-04 00:00 | 中国
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