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by xMUGIx
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サクス=コバーグ=ゴータ朝

◆国王エドワード7世
先代ヴィクトリア女王の子
1841-1910 60歳即位 68歳没  

皇太子として幼少時は虐待とも言えるほどに厳しいしつけを受けた。
その反動からか成長してから問題児になる。
エドワードは知能は高かったが、思想・芸術・文学などにはまったく興味がなく、
興味があるのは社交界の交際だけだった。
そのため、フランス語・ドイツ語を流暢に話せた。

大の博打好きで女たらしだった。
彼の好きな物は、競馬・ヨット・美食・贅沢な酒・狩猟・賭け事・ダンス・舞踏会、
そして泊りがけのパーティー(これは基本的に乱交パーティー)。
エドワードの友人たちは彼に絶えず気晴らしをさせておくことに懸命だった。
エドワードはチヤホヤされないと機嫌が悪くなり、何かおもしろいことがないとイラ立った。

それがたたって2度も法廷に立っている。
<モーダント離婚訴訟事件>は、サー・チャールズ・モーダントが妻に離婚を求めた裁判で、
妻の複数の不倫相手の中にエドワードが含まれていた。
エドワードは証人として呼び出され不倫を否定したが、
皇太子がこのような事態に陥ること自体が大スキャンダルであった。
<トランビー・クロフト荘バカラ事件>は、ウィリアム・ゴードン・カミング准男爵がイカサマをした。
そこでその場にいた仲間たちがカミングに二度とバカラをやらないという念書を書かせ、
仲間たち9人も署名した。恥をかかされたカミングはその仲間を相手取って裁判を起こした。
その9人の一人がエドワードだったため、またしても彼は証人として呼び出されて法廷に立った。


ヴィクトリア女王は息子が「浮ついた、身勝手な、道楽好きの金持ち」
とばかり付き合っていることを嘆き、
「思慮の足りない、頭の鈍い、不器用な、遊んでばかりいる、家の中にいるとイライラする男」
と言った。

ヴィクトリア女王は自分が亡くなるまで
皇太子には一切政治にタッチさせないという強い方針を貫いており、
何の公務も与えられなかった長すぎた皇太子時代が彼の性格に悪影響を与えたともいえる。
ヴィクトリア女王が長生きだったので在位期間は10年に満たない。


■妻 アレクサンドラ・オブ・デンマーク
デンマーク国王クリスチャン9世の娘 妹はロシア皇后マリア
1844-1925 19歳結婚 80歳没

エドワードは派手好きで奔放な性格であり
女優のサラ・ベルナールなど数多くの女性たちと浮名を流した。
その数100人ともいわれる。
彼は即位までを長くパリの娼館で過ごしヴィクトリア女王やアルバート公を大いに悩ませた。
エドワードの素行の悪さを直したかった女王は美しい妃を与えておとなしくさせることを考えた。
そこで美貌の誉れ高いアレクサンドラ王女に白羽の矢を立てた。
アレクサンドラと対面したエドワードはその美貌に惚れ込んで結婚を望んだ。

しかし結婚後もエドワードの女性遍歴は止まらなかった。
二人の夫婦関係は両親のヴィクトリア女王夫妻とは全く対照的に冷やかで険悪であり
互いに好意も愛情も一切感じることのない関係であった。

アレクサンドラも子供たちに
「お父さまのように愚かな人間になってはなりませんよ」と常に言い聞かせたり
夫の愛人一人一人に蔑称をつけて呼んでいた。
エドワードがアリス・ケッペルと散歩しているのを目撃した際は
夫とアリスが共に肥満体であったことから「豚のつがいが庭を散歩している」と皮肉った。

アレクサンドラに対するエドワードの愛情が消えた一因として
彼女の頸部リンパ節結核手術による首の傷跡を見たことが挙げられる。
初夜に初めてアレクサンドラの首の手術跡を見た皇太子は余りのおぞましさに悲鳴をあげ
傷ついたアレクサンドラもエドワードへの好意や愛情を持つことができなくなってしまった。
傷跡があることを伝えておかなかった王妃も王妃だし
傷跡のある人間に思いやりを持てない王も王であると思う。

エドワードとの冷え切った夫婦関係で心身ともに疲れ果てていたが
子育てに専念する事で屈辱を耐えていた。
そんなアレクサンドラを打ちのめしたのが長男アルバート皇太子の死であった。
一時は王室行事に出席しない日々が続いた程だった。

アルバートの婚約者だったテック公女メアリーは二男ジョージ5世と結婚することになった。
アレクサンドラとメアリーは性格や価値観の不一致で仲が悪かった。
ヴィクトリア女王との確執もあった。
要するに姑とも嫁とも仲が悪かったのである。

「潔癖症でハンドキスを受けるのを嫌う」「時間にルーズである」といった悪い評判もあったが
ヴィクトリア女王の長く重苦しい治世の後に
アレクサンドラの天性の明るさは誰からも好感を持たれた。

難聴の傾向があったが歳を追うごとに深刻化して悩ませた。
また出産の後遺症で足を自由に動かす事ができなくなり晩年まで足を引きずって歩いた。

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ロシアの首相 セルゲイ・ウィッテ

列車から降りたのはまず新皇帝ニコライ2世だった。
続いて2人のブロンドの貴婦人が降りた。
私は新皇后アレクサンドラを拝するのは初めてだったので、
その若くすっきりとした端麗な美人を、てっきり皇后だと思い込んでしまった。
しかし私が皇后だと思い込んでいた彼女は
イギリスの王妃アレクサンドラだと聞かされた時には唖然としてしまった。
むろん皇后もなかなかに美しい人ではあったが、
伯母にあたるアレクサンドラ王妃ほど美しいとは思えなかったのである。

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ヴィクトリア女王と
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●アルバート・ヴィクター 皇太子 早逝
●ジョージ5世 次代国王
●ルイーズ 
ファイフ公爵アレグザンダーと結婚
●ヴィクトリア 未婚
●モード 
ノルウェー国王ホーコン7世と結婚
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by xMUGIx | 2005-03-01 00:00 | イギリス
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