直球感想文 洋館

2017年 更新中
by xMUGIx
カテゴリ
イギリス
イタリア
オーストリア
オランダ
ギリシャ
ザクセン
スウェーデン
スペイン
デンマーク
ノルウェー
バイエルン
フランス
ブルガリア
プロイセン
ベルギー
ポルトガル
ルーマニア
ロシア
朝鮮
中国
その他
以前の記事

ハノーヴァー朝

皇太子フレデリック・ルイスの子供


●オーガスタ 
ブラウンシュヴァイク・ヴォルフェンビュッテル公
カール・ヴィルヘルム・フェルディナントと結婚

●ジョージ3世 
次代国王

●エドワード・オーガスタス 
未婚

●ウィリアム・ヘンリー 
未亡人マリア・ウォルポールと秘密結婚

●ヘンリー・フレデリック 
聖職者の娘オリヴァ・ウォルモットと秘密結婚、
未亡人アン・ホートンと秘密再婚

アン・ホートン夫人と秘密結婚

●キャロライン・マティルダ 
デンマーク国王クリスチャン7世と結婚




●オーガスタ 
1737-1813 76歳没
ブラウンシュヴァイク・ヴォルフェンビュッテル公
カール・ヴィルヘルム・フェルディナントと結婚
1735-1806 71歳没

a0130272_2105784.jpg

a0130272_2105714.jpg

a0130272_2105712.jpg





●ジョージ3世 次代国王

a0130272_210573.jpg





●エドワード・オーガスタス 未婚
1739-1767 28歳没

a0130272_2105781.jpg





●ウィリアム・ヘンリー
1743-1805 62歳没
7歳年上のウォルドグレイヴ伯爵未亡人/サー・エドワード・ウォルポールの庶子
マリア・ウォルポールと秘密結婚
1736-1807 71歳没

a0130272_2105838.jpg

a0130272_21058100.jpg

a0130272_2105831.jpg





●ヘンリー・フレデリック
1745-1790 45歳没

a0130272_2105892.jpg



■前妻 聖職者の娘オリヴァ・ウォルモットと秘密結婚


■後妻 アン・ホートンと秘密再婚
クリストファーホートン未亡人/カーハンプトン伯爵の娘
1742-1808 66歳没

*ヘンリーと後妻アンは互いに多くの浮名を流した浮気者同士の再婚であった。

a0130272_2105881.jpg

a0130272_2105960.jpg





●キャロライン・マティルダ 
1751-1775 24歳没
デンマーク王クリスチャン7世と結婚
1749-1808 59歳没

a0130272_2105948.jpg

a0130272_2105958.jpg

a0130272_210596.jpg



キャロラインはデンマーク王クリスチャン7世と結婚した。
クリスチャンは華奢で背の低い人形のような外見していたが
酒に溺れ街なかでの乱暴な振る舞いと無分別な暴力で有名な国王だった。
要するに頭のいかれた女たらしのアル中だったのである。

クリスチャンは早々に結婚生活が気にくわなくなった。
彼はキャロラインを愛せないと公に宣言さえして無視し彼女は孤独な生活を送った。
彼は悪友たちと娼館で馬鹿騒ぎをする生活に戻ってしまった。

姑はクリスチャンの継母ユリアーネ・マリーエ。
彼女は自分の息子フレゼリクを王位につけることを狙っていた。
そのため跡継ぎを生む可能性のあるキャロラインは敵とみなされた。

クリスチャンの精神状態が急速に悪化した。
王はふさぎこみ泣いてばかりいた。
現在では統合失調症だったのではと言われている。
ヨハン・フレゼリク・ストルーウンセというドイツ人医師が主治医になって王は快復した。

ところが今度はキャロラインが夫から梅毒をうつされた。
ストルーウンセが王妃の治療に当たった。
キャロラインは夫の脅威と虐待のさなかにあって
毎日自分の話をじっくりと聞いてくれるストルーウンセと恋に落ちた。
キャロラインの情事が始まると
クリスチャンは妻にもストルーウンセにも前よりも愛情を抱くようになった。
側近から忠告を受けても
「余は妃とストルーウンセの関係を心底喜んでいる。あの男は妃の欲求に完全に応えてくれるのだ」
と言った。
王はキャロラインとストルーウンセがそばにいる時だけ気分が良く
二人がいないとたちまち不安になった。
思うにキャロラインはとストルーウンセは王にとって両親だったのではないだろうか。
両親の元でやっと自分は子どもになることを許されると。


★キャロラインの愛人ストルーウンセ
1737-1772 34歳没
a0130272_211079.jpg



王と王妃とその愛人は一緒に庭を散策したり馬車で出かけたり食事をしたりした。
とうとう3人は夏の離宮へ引っ越した。
王が遊んでいる間に王妃と愛人は文書を起草し後から王が署名をした。
彼らは貴族には重税を課し市民の税金は軽くした。
公園や庭園を国民に開放した。街灯を設置し道路を清掃した。病院や孤児院を造った。
宮廷の側近をリストラした。裁判制度を改革した。軍隊を改革した。
いいことづくめで国民は喜んだが貴族はストルーウンセに対する恨みを募らせ
クリスチャンの継母ユリアーネと手を結んだ。
ユリアーネは彼らとクーデターの計画を練った。

クリスチャンの精神状態は急速に悪化していた。
ユリアーネは真夜中にクリスチャンの寝室に行き
「王妃とストルーウンセが反乱を起こしました。
この文書に署名すれば陛下のお命は救われます」と嘘をついた。
と嘘をついてストルーウンセの逮捕状を差し出した。
王は嫌がったがユリアーネがペンを持たせて無理矢理署名させた。
そしてストルーウンセは処刑されキャロラインは国外退去となった。
クリスチャンは繰り返し王妃とストルーウンセの安否を尋ねたが誰も教えてはくれなかった。

最初兄ジョージ3世は妹の不倫を恥じて彼女を引き取ろうとはしなかった。
しかしイギリス国民がそんな王を軽蔑したため結局妹をハノーファーの領地に送った。
ユリアーネの政策に納得できないデンマーク国民は
キャロラインを呼び戻して統治してほしいと願っていた。
ハノーファーでは彼女は穏やかな生活を送った。
そしてこの地で亡くなった。
[PR]
by xMUGIx | 2005-02-14 00:00 | イギリス
<< ハノーヴァー朝 ハノーヴァー朝 >>


フォロー中のブログ
検索
記事ランキング