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ハノーヴァー朝

◆国王ジョージ2世
先代ジョージ1世の子
1683-1760 44歳即位 76歳没

*人種ドイツ人・母語ドイツ語・英語はできなかった。

*ハノーヴァー朝の伝統にのっとり、女好きで父親嫌いだった。

*ケンジントン宮殿の屋外トイレの中で死亡。

*皇太子時代、父ジョージ1世と息子ジョージ2世の確執は表面化していた。
父は息子の友人の出入りを一切禁止したり息子の宮廷費を減らしたり
宮殿の一室に閉じ込めるなど子供じみた嫌がらせを行ったため、
ジョージ2世一家がジョージ1世の宮殿から退去するという事態にまでなった。

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■妻 キャロライン・オブ・アーンズバック←カロリーネ・フォン・アンスバッハ
ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯ヨハン・フリードリヒの娘
1683-1737 22歳結婚 54歳没

小柄でパッとしないジョージとは正反対に
容姿端麗で知的で有能な女性で二人は良好な夫婦関係を保った。
毎晩9時に王妃の部屋を訪れたが、異常に時間にうるさいジョージは
懐中時計をにらみながら9時になるまで動かなかった。

ジョージはカッとなりやすく怒りにかられると、
カツラを脱ぎカツラを足で蹴りまくったり下品な言葉で吐き散らしたりした。
キャロラインは頑固でわがまま癇癪持ちの夫を上手く操縦した。
政治に興味のない夫の代りに、政府と二人三脚で国政を運営した。
彼女が亡くなった時は国民は、
彼女の死を悼んでクイーンを抜いてトランプ遊びをしたという。

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●フレデリック・ルイス 
皇太子→子は国王ジョージ3世
●アン 
オラニエ公ウィレム4世と結婚
●ウィリアム・オーガスタス 
未婚
●メアリー 
ヘッセン・カッセル方伯フリードリヒ2世の前妻・本人死別
●ルイーズ 
デンマーク・ノルウェー王フレゼリク5世の前妻・本人死別




好色といわれるハノーファー家の例に漏れずジョージ2世も多くの愛人を多く持った。
王妃キャロラインは際限なく増え続ける愛人たちに部屋を用意し、
監督しなければならなかった。
しかしジョージ2世は、
愛人は国王になったら持つべき付属品の一つだと思っており溺れることはなかった。


★愛人メアリー・ベレンデン
1695-1736 41歳没
王妃の女官

メアリーは愛人となったが、ジョージ2世が自分に何の情熱も持たず、
愛人としての特権も金銭的恩恵もないことをすぐに悟った。
そこでアーガイル公ジョン・キャンベルと結婚して、愛人関係を終らせた。




★愛人ヘンリエッタ・ハワード夫人
1689-1767 78歳没
王妃の女官

チャールズ・ハワードと結婚していたが、
ジョージ2世の目に止まり王妃の女官を命じられる。
ハワード夫人は趣味の良い洞察力のある優雅な女性だったが、
ジョージは彼女の知的な面を認めず優しい言葉も甘い言葉もかけなかった。
20年経ちハワード夫人は次第に耳が遠くなり、
夜のお相手も苦行以外の何物でもなかった。

ハワード夫人が宮廷を辞したいと申し出た時、王妃は大反対した。
ジョージは何事もキャロラインに相談し彼女の判断通りに動いた。
そしてハワード夫人も諸事全般にキャロラインの指示通りに動き
三方が円満の関係にあったからである。
しかし
「つんぼでつむじ曲がりの婆さんをやっと厄介払いできて喜んでいるのに何を言うか」
とジョージは激怒した。
夫とは死別していた彼女は12歳年下のバークリー伯爵令息ジョージ・バークレーと
すぐに再婚してして長生きして幸福に暮らした。
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★愛人メアリー・スコット夫人
1703-1744 41歳没
子供の家庭教師。
デロレイン伯爵ヘンリー・スコットと結婚死別、ウィリアム・ウィンダムと再婚。

ハワード夫人が宮廷を去ったためジョージは子供たちの部屋で過ごすことが多くなり、
子供の家庭教師を見初めた。
美貌だが頭は空っぽでうぬぼれ屋で大酒飲みでハワード夫人とは正反対だった。




★愛人マダム・デリッツ
ハノーファー在住の愛人。

ジョージ2世は一年おきにイギリスとドイツを往復していたため、現地の愛人。
美しい女性で機知に富み、王の他にも多くの愛人がいた。
王の息子フレデリック・ルイス皇太子の愛人でもあった。




★愛人アマリエ・ウォルモーデン伯爵夫人
1704-1765 61歳没
ハノーファー在住の愛人

黒い瞳に栗色の髪をした美しくファッショナブルな女性だった。
ジョージは初めて情熱というものを知った。
ウォルモーデン夫人との出会いから結ばれるまでを60ページの手紙にして王妃に送った。
王妃は彼女を連れて帰っても良いとまで言ったのだが、
ジョージは彼女の肖像画を持って一人で帰ってきた。
王妃の死後イギリスに呼び寄せる。
ヨーマス伯爵夫人の地位を贈ら20年ほど愛人を続けたが、
ウォルモーデン夫人は政治にも富にも執着はなかった。
しかし子供たちや孫たちは
王がいい年をして愛人をはべらせているのを快く思わなかった。
王の死後、ドイツに戻った。
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by xMUGIx | 2005-02-11 00:00 | イギリス
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