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by xMUGIx
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ステュアート朝

◆国王チャールズ2世●実子ナシ
先代チャールズ1世の子
1630-1685 30歳即位 54歳没

*フランス国王ルイ14世はイトコにあたる。

*<ブラックボーイ>とあだ名されるほどの濃く豊かな黒髪を持ち、
180センチを超える長身だった。

*心情フランス人・宗教かくれカトリック。

父王チャールズ1世処刑後、
母妃と子供たちは母の実家フランス王室に身を寄せた。

イギリスでは共和制が始まったが実態はクロムウェルの独裁政治であった。
またピューリタンはプロテスタントの中でも極端に禁欲的なことで知られ、
その価値観を押し付けられた国民はあまりの窮屈さに音をあげ
王制の復活を望むようになる。
議会が王制復活を決議し、
フランスに亡命していたチャールズ2世を呼び戻した。<王政復古>
「メリー・モナーク」(陽気な王様)と呼ばれた。

王位もなく領土もない亡命中から、鬱憤を晴らすかのように放蕩に溺れる。
イギリスに戻ってからも、
結婚前から多くの愛人を持った。お忍びで売春宿にも出入りした。
クソ真面目なクロムウェルの統治に飽き飽きしていた国民は
遊び好きな新王を笑って許した。
チャールズは梅毒による心臓発作で亡くなったといわれる。

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■妻 キャサリン・オブ・ブラガンザ←カタリーナ・デ・ブラガンサ
ポルトガル国王ジョアン4世の娘
1638-1705 24歳結婚 67歳没

キャサリンは50万ポンドと船一杯の砂糖、
そしてモロッコのタンジールとインドのボンベイを持参金として嫁いでくる。
またイギリスに初めて紅茶の習慣を持ち込んだ。
背が低く、浅黒い肌、突き出た唇、内気で生真面目、敬虔なカトリックだった。
陽気な王様として名高いチャールズと結婚することになったのは
婚約者チャールズは堅実で高潔な人物だと聞かされていたからである。
実際は多くの愛人を持っていたチャールズには大きなショックを受けた。
多くの女性と浮名を流した王にとっては魅力的な花嫁とは言えなかった。
「まるでカラスを抱いているようだ」と王は言った。
側近たちも愛人のご機嫌取りばかりでポルトガルから嫁いできた王妃は孤独だった。
また王妃はカトリックで英語を話せなかったのでイギリスでは人気がなかった。
王妃が男子を生まなかったので王は離婚して再婚しようと考えた。
ところが愛人たちがこぞって反対した。
今の王妃より魅力的な妃が来て皇太子が生まれたら困るからだ。
王は強い反対に遭って王妃と離婚することはできなかった。
王の死後ポルトガルに帰国してのびのび過ごした。

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国民が彼に寛容であった理由はいくつかある。
まず、勢いでチャールズ1世を処刑したものの、
もともと王室好きにの国民は国王の不在が大きくこたえたということ。
またチャールズが愛人たちの面倒見が良かったこと。
愛人本人が行方不明になった数例を除き、例外なく充分な処遇をした。
それから王妃を常に守った。
王妃に礼を欠いた愛人は叱り飛ばされた。
そして彼はカトリックであったにもかかわらず、
自分の宗旨を明かさずプロテスタントにも理解を示した。
弟や娘たちにはプロテスタントを勧めたのも先見の明であろう。




チャールズは生涯に40人の愛人を持ち、
認知されているだけでも14人の庶子がいる。


★愛人クルスタベル・ウィンダム
乳母。初体験の相手とされている。




★愛人 マーガレット・ド・カートレット
ジャージー島の領主の娘




★愛人 シャティヨン公爵夫人イザベル・アンジェリク
夫人に遊ばれたという形。二人の関係は数年続いた。




★愛人 バイロン卿夫人




★愛人 エリザベス・キリグリュー 庶子1人
1632-1680 48歳没
劇作家サー・ウィリアム・キルグリューの娘/シャノン伯爵フランシス・ボイルの妻




★愛人 キャサリン・ペグ 庶子2人
1635-
ダービシャー州の大地主の娘




★愛人 オルタンス・マンチーニ/マザラン夫人
1646-1699 53歳没

マザラン枢機卿は妹二人が生んだ7人の姪をイタリアからフランスに呼び寄せた。
この7人の姪たちは「マザリネット」と呼ばれ、フランス宮廷で王侯貴族の注目を集めた。
マザリネットの内オランピアとマリーはフランス国王ルイ14世の愛人になり、
オルタンスはイギリス国王チャールズ2世の愛人になった。

夫のマザラン伯は異常だった。
たとえば性的だからといって乳搾りを禁止したり
ローマの彫像の性器を切り落としたり
メイドちが誘惑されないようにと前歯を折って醜くしたりした。
オルタンスにも男性に会うことを禁じたり田舎の屋敷に軟禁したり
女中に尾行させたりしたので彼女はとうとう夫の元から逃げ出して王の愛人となる。
しかしチャールズもあきれ果てるほど彼女は多情だった。
チャールズの死後は酒に溺れ美貌も健康も失ってしまった。
33年間病的なほど嫉妬深い夫から逃げおおせた彼女も53歳で亡くなった。
夫はオルタンスの亡骸をフランスに持ち帰り、あちこちを連れまわした。
妻はもう二度と裏切らない。それで彼は満足だった。

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★愛人 ウィニフリッド・ウェルズ
1612-1674
キャサリン王妃の女官




★愛人 キルデア伯爵夫人エリザベス




★愛人 ルーシー・ウォルター 庶子1人
1630-1658 28歳没

チャールズと出会う前に別の男性と同棲しており、バロウ夫人と名乗っていた。
「美しき売春婦、黒い肌の美女、勇気に富むが面白みのない女」と言われていた。
相当な男性遍歴を持った女性で、他の男性ともアヴァンチュールを楽しんだ。
ルーシーの裏切りを知ったチャールズは彼女と別れる。
ルーシーは困窮の果てに亡くなった。

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★愛人 バーバラ・ヴィリアーズ 庶子6人
1640-1709 69歳没
王党派議員ロジャー・パーマーの妻

チャールズがまだイギリスへ帰国していない時からの関係だった。
チャールズは夫にカールスメイン伯爵の称号を与える。
さらに後にはバーバラにクリーヴランド公爵夫人の称号を与える。

バーバラは19歳、美しい容貌、陶器のような肌、栗色の髪、卵形の顔、
官能的で身持ちが悪く貪欲で愚かで横柄だった。
チャールズと知り合った当時はチェスターフィールド伯爵の愛人だった。
王妃キャサリンが嫁いできたとき衝撃を受けたのが彼女の存在だった。
王は彼女と10年以上も確執を繰り広げた。
ヒステリーでおねだり上手で王以外にも多くの愛人がいた。
チャールズとはある意味似た者同士で、数々の恋愛スキャンダルを起こした。
劇作家、役者、綱渡り芸人、山師・・・、果てはチャールズの庶子モンマス公ジェイムズ、
手当り次第にベッドに連れ込んだ。
彼女はチャールズを罵り怯えさせ脅迫した。
金、称号、名誉を自分と子供たちに要求した。
バーバラの出産にあたっては、その都度誰が父親であるか揉めたが
いつもバーバラの粘り勝ちであった。
贅沢の上にギャンブル狂だったので王は湯水のごとく国庫を使わねばならなかった。
チャールズもかなり手を焼いたが一番長く付き合いが続いた。
愛人の一人モールバラ公ジョン・チャーチルは
ウィンストン・チャーチルの先祖である。

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★愛人 フランセス・スチュワート
1647-1702 55歳没
フランスに嫁いだ妹アン王女が、兄のために送ってきた女官

フランス育ちの洗練されたマナーで「ステュアートの佳人」と呼ばれ、
「ブリタニア」のモデルとなった。
チャールズとはしばらく愛人関係にあったが、チャールズには黙って
リッチモンド公爵チャールズ・スチュアートと駆け落ちして結婚してしまった。
チャールズは怒りがおさまると、銀貨にブリタニアとして彼女の像を刻んだ。

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★愛人 モル・デイヴィス 庶子1人
1648-1708 60歳没
女優

「世界で最も生意気な恥知らずのあばずれ女」との異名を取った。
翌年には同じく女優のネル・グィンに寵愛を取られる。
高額な年金を約束させて宮廷から去った。
後に宮廷楽師ジェームズ・ペジブルと結婚した。

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★愛人 ネル・グィン 庶子1人
1650-1687 37歳没 
女優

「可愛くてトンチがきくネル」と呼ばれた。
俳優チャールズ・ハート→チャールズ・サックヴィル卿→国王チャールズ
と渡り歩いたので、
ネルは最初の愛人を「チャールズ1世」、2番目の愛人を「チャールズ2世」、
そして国王を「チャールズ3世」と呼び、
「私の愛人はチャールズただ一人です」と言うのが持ちネタだった。
「変な魚を釣り上げたものだ」と王は笑った。

低い身分のため王からの待遇は良くなかった。
そこで息子を出産するとわざと舞台に復帰した。
ケチ臭い王だとアピールするためである。
王は慌てて家を借り調度を整え生活費を渡すようになった。
他の愛人が与えないものをネルは王に提供した。
きついジョークと何事にも動じない陽気さである。
「ネルさんはいつも素敵な下着を着けていらっしゃるそうね」
と他の愛人から言われたネルはすぐにスカートをたくし上げて丸見えにした。
同席していたフランス公使は大喜びで本国に報告した。
「私はこれまでかくも素晴らしい物をみたことがありません」
ジョーク好きで明るく数少ないプロテスタントの愛人だったネルは市民に人気があった。
ある日ネルが馬車で町に出かけたところ
ルイーズの馬車だと勘違いした人々に取り囲まれてしまった。
そこでネルが窓から顔を出し「あたしはプロテスタントの方の妾だよ」と言うと
拍手喝采が起こった。
ネルはチャールズから性病をうつされていたらしく心臓発作をで亡くなった。

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★愛人 ルイーズ・ケルアイユ 庶子1人
1649-1734 85歳没
フランスに嫁いだ妹アン王女の女官、フランス側のスパイ

ネルとは正反対の教養ある知的なフランス女性。
実はフランス国王ルイ14世から送られたスパイだった。
王の愛人となってイギリス側の動きをフランスに報告する役目を担っていた。
ベビーフェイスの可愛い顔立ちで気品があった。
ネル・グインは彼女に「しだれ柳」とあだ名をつけた。
外見と裏腹にバーバラ同様金銭欲と名誉欲は人一倍強かった。
バーバラのようになりふり構わず騒ぎ立てて手に入れるのではなく
知的に着々と自分のものにしていった。
政治にも口を出し王にも影響力を発揮して増長してゆく。
敵も多くなった。
チャールズは彼女を国外に追い出せという議会の要求をずっと無視していた。
チャールズは国事を有能なルイーズに委ねた。
彼女は政治の才能に恵まれていた。

臨終の際ルイーズがそばにいた。
王は密かにカトリックに改宗しており
ルイーズはそのことを知る数少ない一人だったのだ。
そしてカトリック司祭を呼んで臨終の秘蹟を授けてもらった。
弟ジェームズ2世には「ネルを飢えさせないように」と後を頼んだ。
チャールズ2世の死後はフランス大使館に保護されて帰国し
ルイ14世からの年金で生活し85歳で亡くなった。

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目まぐるしく変わるチャールズ2世の愛人の中で
最後まで愛人でいたのはネルとルイーズだけだった。


チャールズ2世の愛人たちってみんな似てますね。
当時の流行だったのかもしれないけど
肖像画の描き方も似てるから見分けがつきません。
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by xMUGIx | 2005-02-05 00:00 | イギリス
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