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by xMUGIx
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テューダー朝

◆国王ヘンリー8世
先代ヘンリー7世の子
1491-1547 18歳即位 55歳没

*晩年は梅毒が原因で足に腫瘍が拡がり、医師が毎日膿を摘出していた。
これらの感染症により死亡。

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ヴェネツィア大使の証言

身長は約190センチ、見事なブロンドの髪を持ち、数ヶ国語を流暢に操り、
馬上槍試合をこよなく愛する文武両道のこの世で最もハンサムな君主である。


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フランス大使の証言

国王の命は危機にあります。熱のせいではなく、脚が国王をひどく苦しめています。
さらに国王はとても太っていて、食べる量・飲む量は想像を絶するほどです。


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●エドワード6世 次代国王
●メアリー1世 次々代女王
●エリザベス1世 次々々代女王




ヘンリー8世は6回結婚する。


■最初の妻 兄の妻キャサリン・オブ・アラゴン→娘は女王メアリー1世
スペイン女王イザベル1世の娘カタリーナ・デ・アラゴン
1485-1536 48歳没

*14歳で皇太子アーサーと結婚死別、
夫18歳&妻22歳で国王ヘンリー8世と再婚、子供1人生み、46歳で離婚

彼女が白馬の背に揺られながら登場した時ロンドンっ子は度肝を抜かれた。
金糸のレースの紐が付いた枢機卿のような先の尖った帽子から
赤みがかった金髪が腰まで滝のように流れている。
スカートは張り骨で釣鐘型でたっぷりしていた。
このスカートはイギリスやフランスで大流行する。

キャサリンは兄アーサー皇太子の妻だったが皇太子は数ヶ月で死亡。
巨額の持参金の返還を惜しんだ舅ヘンリー7世は自分の後妻にしようとするが、
スペイン側の反対によりあきらめて、息子ヘンリー8世と再婚させた。
キャサリンはヘンリー8世より4歳年上だった上、
生まれたのはメアリー王女だけだったため、
嫡男を望んでいたヘンリーは新たな結婚を考えるようになる。
結婚25年目ヘンリーは兄嫁との結婚は近親結婚に当たると主張して、
カトリック教会と絶縁してまで40歳になっていたメアリーと離婚した。
キャサリンは地方に幽閉され亡くなった。
メアリー王女は、王女の地位から庶子に格下げとなった。

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■2番目の妻 アン・ブーリン→娘は女王エリザベス1世
キャサリン王妃の女官
1507-1536 夫42歳&妻26歳で結婚 29歳没 処刑

ヘンリーの妹メアリー王女がフランス国王ルイ12世に嫁ぐときに女官として渡仏。
フランス宮廷で見違えるほどのレディーに成長して帰国した。
痩せた顔、高い頬骨、尖った顎、赤みがかった金髪で美人ではなかったが
これらの特徴はエリザベス1世に受け継がれている。
フランス仕込みの立ち居振る舞い、衣装、言葉遣いの「フランスからの帰国子女」は
フランスに比べて田舎の宮廷に過ぎないイギリス宮廷でファッション・リーダーとなった。
アンを見初めたヘンリーは求愛するが、アンは
王妃ならいいが愛人は嫌だと6年も拒絶し続けた。
ヘンリーはアンと結婚するためにカトリック教会と絶縁してまで前妻キャサリンと離婚した。

多大な犠牲を払ってアンと再婚したものの、生まれたのはエリザベス王女だけだった。
ヘンリーはまたも嫡男を求めて再婚するために、アンに不倫の罪を着せ処刑した。
3年に満たない王妃だったアンは、「一千日のアン」と呼ばれる。
エリザベス王女は、王女の地位から庶子に格下げとなった。

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ヴェネツィア大使の証言

アン王妃は世界有数の美女とは言えない。中背で長い首、生気のない肌をしている。
胸はふっくらとはしているが張りがない。取り柄はとても美しい黒い瞳だけだ。

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■3番目の妻 ジェーン・シーモア→子は国王エドワード6世
アン王妃の女官
1508-1537 夫45歳&妻27歳で結婚 29歳没 死別

地味でおとなしい女性だったが、
王の寝室係だった父ジョン・シーモアの手引きでヘンリーと関係を持つ。
アンの処刑の翌日に結婚する。
エドワード6世出産時に死亡。結婚してわずか1年で亡くなった。
ヘンリーは「王妃の代わりはいくらでもいるが王子の代わりはいない」
と母体よりも息子を優先するように侍医に言い放った。
ヘンリーと一緒に墓に眠っている王妃はジェーンだけである。
待望の男子を生んだジェーンへのご褒美であろうか。

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■4番目の妻 アン・オブ・クレーヴズ←アンナ・フォン・クレーフェ
ユーリヒ=クレーフェ=ベルク公ヨハン3世の娘
1515-1557 夫49歳&妻25歳で結婚 41歳没 別居

男子を得て落ち着いたヘンリーは次に政略結婚を考える。
しかしヘンリーの前妻たちへの仕打ちはヨーロッパに広く知られていたので
なかなか相手が見つからなかった。
やっと見つけたアンは、お見合い肖像画と違って
大柄でスタイルが悪く肌はあばただらけで礼儀作法もなっていなかった。
激怒したヘンリーは対面した瞬間に離婚を言い渡し、彼女を<フランドルの駄馬>と呼んだが、
アンは満足だったかもしれない。
城二軒、たっぷりの手当、馬車、召使が与えられ、
<王の妹>という称号でイギリスに留まることができたからである。殺されずに。
メアリー王女やエリザベス女王とも仲が良かった。

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■5人目の妻 キャサリン・ハワード
アン王妃の女官 アン王妃のイトコ
1521-1542 夫49歳&妻19歳で結婚 21歳没 処刑

若くてコケティッシュな女性だったが貧乏貴族の家庭に生まれたため
ほとんど字も書けない彼女は王妃の器ではなかった。
さらに独身時代から身持ちの悪い娘だった。
老人のヘンリーを嫌い、元恋人のフランシス・ディアラムを側近にしたり
元恋人で側近のトマス・カルペパーを愛人にした。
豪華なドレス・高価な宝石・愉快なパーティーに湯水のように金を使った。
結局さまざまな不倫がバレ、フランシス・ディアラムとトマス・カルペパーは処刑された。
キャサリンも処刑され、その夜ヘンリーは豪勢な晩餐会を催した。

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■6人目の妻 キャサリン・パー
トマス・パーの娘
1512-1548 36歳没 本人死別

*キャサリンはヘンリーに負けず劣らず4回結婚している。
18歳でサー・エドワード・ボローと結婚死別、
21歳でサー・ジョン・ネヴィルと再婚死別、
3番目の妻ジェーン・シーモアの弟トマス・シーモアと恋愛中だった時に
ヘンリー8世に見初められ仕方なく夫52歳&妻31歳で3回目の結婚、
35歳でヘンリー8世と死別、同年トマス・シーモアと4回目の結婚、36歳没。

キャサリンは老いて徐々に健康を害しつつあったヘンリーの
妻であると同時に有能な看護婦であった。
深い教養を持つキャサリンはヘンリーと互角に知的議論をして喜ばせた。
また彼女はメアリーとエリザベスとエドワードのの養育を任され、
子供たちの教育に情熱を注いだ。
王の子供たちは、厳格なカトリックであったメアリーですら優しい義母を敬愛していた。

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★キャサリンの後夫トマス・シーモア
1509-1549 40歳没

ヘンリー8世の死後3ヶ月で
キャサリンはかつての恋人トマス・シーモアと4回目の結婚をした。
未成年のエリザベスもシーモア家に引き取られた。
ところが野心家のトマス・シーモアがキャサリンの妊娠中に
エリザベスの寝室に出入りしているところを見られた。
キャサリンはショックを表面に出すことはしなかったが
エリザベスはシーモア家から出ざるを得なくなった。
キャサリンは出産の際に死亡した。
トマス・シーモアはエリザベスに求婚したが拒否された。
彼の野心は宮廷の怒りを買い、ロンドン塔に投獄され斬首された。

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各国語に通じ学者と交流し熱心なカトリック教徒で
教皇に反抗したルターを批判していた男が
カトリック教会と絶縁し、6人もの妻を娶り、
処刑した者は50人、取り潰した修道院が567軒と
非道な振る舞いをするようになってしまった。

梅毒の悪化による心臓病で亡くなった。
梅毒による精神障害を起こしていたのかもしれない。

妻の名前はキャサリンが3人、アンが2人、ややこしくなかったのだろうか。
そんなこと気にする男ならこんなことやってないか。
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by xMUGIx | 2005-01-21 00:00 | イギリス
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