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by xMUGIx
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アンジュー朝

◆ジョン王 通称:欠地王
先代リチャード1世の弟
1167-1216 32歳即位 49歳没

*女好き、洒落者。
自分は派手で高価な服を着ていたが、溺愛した後妻でもあまり服は作ってやらなかった。

*赤痢で死亡。

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■前妻 イザベル・オブ・グロスター 離婚●実子ナシ
グロスター伯爵ウィリアム・フィッツ・ロバートの娘
?-1217

*ジョンは若い時からイザベルに思いを寄せており、
かつグロスター伯爵はイギリス一の金持ちあったため王妃とする。
しかし、10年後ジョンは後妻イザベラと結婚したいがために離婚する。

*離婚後イザベルは当時の実力者と次々と結婚していった。

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■後妻 イザベラ・オブ・アングレーム
アングレーム伯爵エマールの娘
1188-1246 58歳没

*12歳で国王ジョンと結婚、2男3女を生み、28歳で死別、
32歳でかつての婚約者ラ・マルシュ伯爵ユーグ9世の息子10世と再婚、5男4女を生み、
58歳没。

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ジョンの最大の失策は、母エレアノールが持参したアキテーヌの領土を失ったことである。
これはフランスの1/3にあたる広さであった。
原因はジョンがフランスのラ・マルシュ伯爵ユーグ9世の婚約者であった
イザベラに一目惚れし、前妻であるグロスター伯爵の娘イザベルをと離婚し、
後妻イザベラと略奪結婚したことにある。
激怒したユーグはフランス国王フィリップ2世に訴える。
追いつめられたジョンはフランスに持っていた広大な領土を失った。
また、彼の見境いのない人妻あさりも家来たちの不満の一つであった。
臣下にも国民にも反目されたジョンは、
王権の大幅な制限を定めた大憲章<マグナ・カルタ>に署名するに至る。

ジョンに失望した母アリエノールは娘アリエノールの嫁ぎ先カスティーリャ王国へ行き、
孫娘ブランカを連れ帰りフランス国王ルイ8世に嫁がせて王妃にした。

後妻イザベラはフランスに戻って再婚してもイギリス王妃だった誇りを捨てず、
フランス国王に屈する事を拒み、夫をそそのかしてルイ9世に対して反乱させた。
しかし追い詰められ、イザベラは修道院に逃げ込んだ。
夫と子供達が反逆者として捕えられても、イザベラは修道院から出てこなかった。
そのまま修道院で暮らし亡くなる。




すべて後妻の子

●ヘンリー3世
次代国王

●リチャード
ペンブルック伯爵令嬢イザベルと結婚、
プロヴァンス伯爵令嬢サンシーと再婚、
ファルケンブルク伯爵令嬢ベアトリスと再々婚

●ジョーン 
スコットランド王アレグザンダー2世と結婚

●イザベラ 
神聖ローマ皇帝&シチリア王フリードリヒ2世の3/3番目の妻

●エリナー 
ペンブルック伯爵ウィリアム・マーシャルと結婚、シモン・ド・モンフォールと再婚




★王の愛人 サリー伯爵ウィリアム・ド・ワーレンの妹スーザン 庶子1人


★王の愛人 オマール伯爵夫人オージ 庶子1人


★王の愛人 ヘンリー・ピネルの妻クレメンティナ 庶子1人


★王の愛人 ジョフリー・ド・マンデヴィルの妻マティルダ


★王の愛人 ユースタス・ド・ヴェッシの妻


★王の愛人 ヒュー・ド・ネヴィルの妻


★王の愛人 ヘンリー・ビシットの妻




●イサベラ 神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の3/3番目の妻
1214-1241 21歳結婚 27歳没

夫フリードリヒはイスラム文化に傾倒しており
ハーレムを作って多くのアラブ人の愛人を置いていた。
イサベラも黒人の宦官に管理されたハーレムで暮らさねばならなかった。

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by xMUGIx | 2005-01-08 00:00 | イギリス
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