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by xMUGIx
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ブロワ朝

◆国王スティーブン
先代ヘンリー1世の甥
1096-1154 39歳即位 58歳没

*恰幅が良く立派な顔を持ち、屈託がなく寛容、勇猛果敢だが気性が激しく移り気だった。

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■妻 マティルダ←マティルド・ド・ブローニュ イトコ結婚
ブローニュ伯ウスタシュ3世の娘
1105-1152 20歳結婚 47歳没

*夫に広大なブーローニュ伯領をもたらしただけでなく、勇気と決断力の持ち主であった。
勇猛果敢であるが優柔不断な夫の王位を支えた。

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先代ヘンリー1世は皇太子に先立たれ、実子は娘マティルダだけになった。
ヘンリー1世は
神聖ローマ皇帝ハインリッヒ5世の未亡人となっていたマティルダを呼び戻すが、
マティルダは未亡人となった後も神聖ローマ皇后として贅沢な暮らしを楽しんでいたので、
イギリスに戻るのを嫌がった。
さらに実子を生むために10歳も年下のジョフロア4世と再婚させられたが、
マティルダは後夫のの強引な性格も、ごつごつした体格も、
そばかすだらけの四角い顔も気に入らなかった。
また国民も、
ヘンリー1世が外国人であるジョフロア4世との結婚を勝手に決めた事に不満を抱いた。

ヘンリー1世の死亡を知ると、ヘンリーの甥スティーブンが
マティルダ王女を差し置いて戴冠式を行い即位してしまう。
彼一代だけがブロワ朝である。
貴族たちはスティーブンの方を支持した。

王位を奪われたマティルダ王女は激怒し、
以降15年に渡り王位をめぐって両者の激しい戦いが続いた。
マティルダが二人いてややこしいので、スティーブンの妻は<マティルダ王妃>
ヘンリー1世の娘マティルダは<マティルダ王女>と呼ぶことにする。
この三人はそれぞれがいとこ同士の関係である。

前夫が神聖ローマ皇帝ハインリッヒ5世であったマティルダ王女は、
帰国してからも再婚してからも自分を皇后と呼ばせ続けた。
「女という衣をまとった男」とまで言われたキツイ性格のマティルダ王女よりも、
イギリス国民の人気はイギリス育ちのマティルダ王妃の方にあった。

一時はスティーブンは捕虜となるが、
その間マティルダ王妃が貴族をまとめ上げロンドンを制圧する。
劣勢となったマティルダ王女はスティーブンを釈放し、フランスに逃げ帰る。
スティーブン国王は自分の終身王位(不可侵条約)と引換えに
自分の死後はマティルダ王女の息子ヘンリー2世に譲位する和平協定を結んだ。
しかしこれはスティーブンの嫡男ユースタスに不満を抱かせることにもなる。




●ユースタス 
フランス王女コンスタンスと結婚
●メアリー 
フランドル伯子マチューと結婚離婚
●ウィリアム 
サリー伯女イザベルと結婚
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by xMUGIx | 2005-01-04 00:00 | イギリス
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