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ノルマン朝

◆国王ウィリアム1世 通称:征服王
もとフランスのノルマンディー公爵ギョーム2世 
1027-1087 39歳即位 60歳没

*人種ノルマン人・母語フランス語

*父はノルマンディー公爵ロベール1世、母はその愛人でなめし皮職人の娘アルレッタ。

*他の男性より頭一つ分大きく、がっしりとした体格、
美貌であったが表情は厳しく目つきが険しく、彼ににらまれると誰もが縮み上がった。

*軍を率いてイギリスに上陸しウェストミンスター寺院で戴冠式を行った。

*イギリスで初めての国勢調査を行い、それに基づいて税金を徴収した。

*フランス遠征中に落馬して死亡。

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■妻 マティルダ・オブ・フランダース
フランドル伯爵ボードゥアン5世の娘
1031-1083 22歳結婚 52歳没

*極端に背が低く、美人でもなかった。

*名家の娘として大事に育てられ、教養が高く、刺繍も得意だった。

マティルダはウィリアムの求婚を
「由緒あるフランドル伯爵家の娘が、私生児などとは結婚できません」とはねつけた。
縁談は7年も膠着、業を煮やしたウィリアム1世がフランドルに乗り込み、
教会で礼拝を終えて帰宅途中のマティルダの三つ編みをつかんで泥道に引きずり出し、
殴る蹴るの暴行をはたらき逃げ去った。(えっ!)
ところがマティルダは、「わたくしを公衆の面前で殴るほどのお方なのですから、
勇気があり男らしいに違いありません」と結婚することに決める。
(えええっ! まあそういう時代なんでしょうなあ)
しかし血縁関係にあったことから教皇から婚姻の無効を宣告された。
のちに認められたがその条件として2人は修道院と尼僧院と病院とを寄進した。

*それまでイギリスには王妃が戴冠する習慣がなかったが、
ウィリアムは自分の遠征中にマティルダに国を任せられるように戴冠させた。
ゆえにマティルダは戴冠した初めてのイギリス王妃である。

*ウィリアムがイングランドで戦っている間、
マティルダは嫡男ロベールの摂政としてノルマンディをよく統治した。
しかしロベールには甘く、ロベールが父に反旗を翻した時も、
溺愛するロベールのために資金を提供し、
手持ちの金が無くなると衣装やアクセサリーを売り払ってまで援助を続けた。

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●ロベール2世 
コンヴェルサーノ伯爵令嬢シビラと結婚
●ウィリアム2世 
次代国王
●アデラ→子は国王スティーブン 
ブロワ伯爵エティエンヌ2世と結婚
●コンスタンス 
ブルターニュ公アラン4世と結婚
●ヘンリー1世 
次々代国王
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by xMUGIx | 2005-01-01 00:00 | イギリス
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