直球感想文 洋館

2017年 更新中
by xMUGIx
カテゴリ
御貴族様
イギリス
イタリア
オーストリア
オランダ
ギリシャ
ザクセン
スウェーデン
スペイン
デンマーク
ノルウェー
バイエルン
フランス
ブルガリア
プロイセン
ベルギー
ポルトガル
ルーマニア
ロシア
朝鮮
中国
以前の記事

ボナパルト朝

皇帝ナポレオン1世の愛人


*ナポレオンが生涯に付き合った女性の数は100人にのぼる。


★初恋の女性カロリーヌ・デュ・コロンビエ
1769-1855 86歳没
a0130272_1723513.jpg





★元婚約者デジレ・クラリー 姉ジュリーはナポレオンの兄ジョゼフの妻
1777-1860 83歳没

マルセイユの商人の娘。
二人は婚約していたが、華やかなパリに出たナポレオンは
残してきたデジレに対する愛情が薄れてしまい婚約破棄に至った。
デジレは将軍ベルナドットと結婚、
後にベルナドットがスウェーデン王カール14世ヨハンとなったため
デジレもスウェーデン王妃となった。
a0130272_1723553.jpg

a0130272_1723622.jpg





★愛人ポーリーヌ・フレース 通称ラ・ベリロット
1781-1869 88歳没 

ポーリーヌははナポレオンが遠征先のエジプトで愛人にした女性。
夫ジャン・ノエル・フーレスについて来るために兵士に変装してやって来たポーリーヌは
美しくて魅力的ですぐにナポレオンの目に留まる。
しかし愛人関係はエジプトだけで終わった。
次にジャン・バティスト・クレベールの愛人となり、
スウェーデン領事ピエール・アンリ・ド・ランショーと再婚・離婚、
近衛大尉ジャン・バティスト・ベラールと再々婚。
パリで気ままに暮らし、多くの小説と絵を発表した。
a0130272_1724196.jpg

a0130272_1724186.jpg





★愛人ジョゼッピーナ・グラッシーニ
1773-1850 77歳没 
イタリアのオペラ歌手
a0130272_1724247.jpg

a0130272_1724397.jpg





★愛人マルグリート・ジョゼフィーヌ・ヴェメール 通称マドモワゼル・ジョルジュ/ジョルジーナ
1787-1867 80歳没
女優
a0130272_1724316.jpg

a0130272_1724494.jpg





★愛人マリー・アントワネット・アデル・デュシャテル
1782-1860 78歳没

皇后ジョゼフィーヌの女官
公妾の地位を狙っているとわかって、ナポレオンが興ざめして終わった。
a0130272_172458.jpg





★愛人ヴィクトリーヌ・ド・シャステネー
1771-1855 84歳没
女流作家
a0130272_1723774.jpg

a0130272_1723712.jpg





★愛人マルグリート・ブリュネ/マドモワゼル・モンタンシエ
1730-1820 90歳没
喜劇女優
a0130272_1723867.jpg

a0130272_1723986.jpg





★愛人グレース・エリオット
1754-1823 69歳没
イギリスの高級娼婦
a0130272_1723956.jpg

a0130272_1724095.jpg





★愛人マリー・テレーズ・ブルゴワン
1785-1833 48歳没 
女優
a0130272_1724583.jpg





★愛人エレオノール・ドニュエル
1787-1868 81歳没

エレオノールをナポレオンに引き合わせたのはナポレオンの妹カロリーネ。
1年後にエレオノールが男子を生んだ。
このことがナポレオンに自信を与え
子供のできないジョゼフィーヌと離婚することを考えさせるきっかけになった。
子供が生まれるとエレノールを捨て会うことも拒んだ。
ただし認知はして経済的援助と子供の教育は援助した。
a0130272_1724617.jpg

a0130272_1724613.jpg





★愛人マリア・ワレフスカ
1786-1817 31歳没

ワルシャワに入城したナポレオンをポーランド国民は熱烈に歓迎した。
ナポレオンが開いた舞踏会にワレフスキー伯爵夫妻も招待されていた。
マリアはナポレオンに見初められたが断り続けた。
とうとうナポレオンは「ポーランドのために尽くすかどうかはマリア次第」
と臨時政府に通達。
結局政府代表がマリアの説得に来るし
親戚や夫までもマリアに彼の愛人になることを迫った。
困惑していたマリアだったが心からナポレオンを愛するようになる。
マリアはナポレオンの遠征に同行してヨーロッパ中を転々とする。
しかしナポレオンは3年後マリアが妊娠すると彼女の元を去ってしまった。

マリアは5歳の息子とエルバ島に流罪となったナポレオンの元へ行った。
すでに夫とも離婚していた。
しかしナポレオンは
マリアがいるとマリー・ルイーズが島に来てくれなくなると思い
三日後に親子を追い返した。
マリー・ルイーズが贅沢な生活を捨て
ナポレオンと貧しい流刑生活を送ろうなどと
露も思っていないことをヨーロッパ中が知っていた。
マリアは黙って船に乗り二度とナポレオンに会うことはなかった。

そんなマリアに求婚したのがナポレオンのマタイトコのドルナノ伯だった。
ドルナノ伯はナポレオンに同行してポーランドで彼女に会った時から
ずっとマリアを愛していたのだ。
ドルナノ伯と再婚したマリアは息子を生んだあと体調を崩して亡くなった。
31歳だった。
マリアを亡くした後40年独身で通したオルナノ伯は
彼女の心臓を肌身離さず持っていた。

セント・ヘレナ島に流されたナポレオンは
マリアの死を知らないまま3年後に亡くなった。
死ぬ時にはマリアから贈られた指輪をはめていた。
「あなたがもう私を愛していらっしゃらなくても、私は永遠にあなたを愛します」
という言葉が刻まれていた。
a0130272_1724788.jpg

a0130272_172488.jpg





★愛人オーギュスト・シャルロット・フォン・キールマンスエッゲ
1777-1863 86歳没
オーストリアの女スパイ
a0130272_1724954.jpg

a0130272_1724937.jpg





★愛人アルビーヌ・ヘレナ・ド・ヴァサル・モントロン 
1779-1848 69歳没 
a0130272_1725061.jpg

a0130272_1725115.jpg

[PR]
by xMUGIx | 2003-03-17 00:00 | フランス
<< 復古ブルボン朝 ボナパルト朝 >>


フォロー中のブログ
検索
記事ランキング
その他のジャンル