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by xMUGIx
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ブルボン朝

◆王太子ルイ/グラン・ドーファン 父より先に亡くなったため即位できず
先代ルイ14世の子
1661-1711 49歳没

*読書好きではなかったが芸術を愛した。
オペラ・狩り・賭け事・舞踏会が大好きで、軍人としての才もあった。

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グラン・ドーファンの叔母 オルレアン公爵フィリップ1世の後妻 リーゼロッテの手紙

王太子はわけのわからない人でした。善人かなと思うとすぐに悪人だと思わされ、
また悪人かなと思っていると善人だと思わせられるのです。
彼は誰も真に愛さず、また真に憎みもしませんでした。
意地悪で、そしてあらゆる悪ふざけをしました。それが最大の楽しみでした。
しかし好意を見せる時にはとても優雅でした。
分別があるとは言えません、しかし馬鹿でもありません。
彼ほど自分や他人を馬鹿にする人を見たことがありません。
彼がこの世で一番恐れたのは、国王にならなければならないことでした。
恐怖から統治を嫌がっていました。
大変なものぐさで、一日中ローデンベッドに横になっているか、
肘掛椅子に座ってストックで靴を叩き一言も発しないこともありました。

フランス全土が王太子の突然の死に悲しんでいるかをお知らせせずにはいられません。
王太子は天然痘に罹っていました。
死後全身が真っ黒になりましたので、発疹チフスから天然痘になったのだとわかりました。
天然痘の発疹は首から上にだけ出て、胴体には何も出ませんでした。
鼻の中もびっしりでしたから、きっと窒息したのでしょう。

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■妻 マリー・アンヌ・ド・バヴィエール←マリア・アンナ
バイエルン選帝侯フェルディナント・マリアの娘
1660-1690 20歳結婚 30歳没

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グラン・ドーファンの叔母 オルレアン公爵フィリップ1世の後妻 リーゼロッテの手紙

1686年08月11日
王太子は世の中の出来事に何の関心も抱かず、
楽しみのみを追い求め、ひどく堕落しています。
王太子妃はお気の毒に大変退屈な生活を送られ、妊娠ばかりしています。

1689年06月05日
王太子妃は最近とみに気絶しやすくなられ、変事が起るのではないかと案じています。
シャルル王子を胸に抱き、
「私がいま病気だと言っても、誰も私のことを心配しないでしょう」と嘆かれました。

1690年02月08日
お可哀相に、王太子妃の具合がまたひどく悪くなられました。
私は王太子妃を心から愛しています。
老婆〔舅ルイ14世の愛人マントノン夫人〕が王太子妃を悲しい立場に追いやったのです。
これは死に繋がりかねません。

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夫妻
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●ルイ 王太孫/プチ・ドーファン→子はルイ15世

●フィリップ スペイン国王フェリペ5世となる

●シャルル ベリー公爵 
オルレアン公爵フィリップ2世の娘マリー・ルイーズ・エリザベートと結婚




●ルイ 王太孫/プチ・ドーファン→子はルイ15世ルイ
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●フィリップ スペイン国王フェリペ5世
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●シャルル ベリー公爵
1686-1714 28歳没
オルレアン公爵フィリップ2世の娘マリー・ルイーズ・エリザベートと結婚 イトコ結婚
1695-1719 24歳没

*シャルルは大食漢で狩りが大好き、勉強嫌いで無教養だった。

*マリーの母方の祖母はルイ14世の愛人モンテスパン夫人

*マリーは独身時代から拒食症を患ったり、
結婚後も遊び好きな父親と一緒になって乱痴気騒ぎをするなどしたため、
国王ルイ14世がマリーの祖母に説教するように頼んだほどだった。

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マリーの父方の祖母 オルレアン公爵フィリップ1世の後妻 リーゼロッテの手紙

1711年
マリーは私の説諭を受け入れ、ずっと良くなりました。
どうかこのまま続きますように。

1713年
息子と孫娘は御存知のように巷で悪い噂が飛び交うほど大変愛し合っていたのですが、
今では毎日悪魔のように罵り合いをしています。
さらに悪いことに孫娘が夫と父をケンカするように仕向けたので、
息子は絶望的になりパリへ行ってしまいました。

1718年
マリーには満足しています。
彼女は以前とはまったく変わり、まともになるだろうと思っています。
分別もあり心情豊かです。悪徳を憎み、徳を愛し、迷信を信じません。
ですから神は彼女を憐み、悔悛させてくださるものと信じています。

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by xMUGIx | 2003-03-09 00:00 | フランス
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