直球感想文 洋館

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by xMUGIx
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ブルボン朝

国王ルイ14世の愛人


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ルイ14世の義妹 オルレアン公爵フィリップ1世の後妻 リーゼロッテの手紙

ヴァリエール夫人はいつでも心から王を愛していました。
しかし、モンテスパン夫人は野心から、スービーズ夫人は好奇心から、
マントノン夫人は野心と好奇心の両方から王に近づいたのです。
フォンタンジュ嬢も心から王を愛していましたが、
まるで自分が小説の主人公であるかのように
現実離れしたロマンチックな思いにひたっていました。
リュドル嬢も王を愛しましたが、まもなく王の方が飽きてしまいました。
モナコ夫人が王と床を共にしなかったとは断言できかねます。

モンテスパン夫人の時代には私は王の不興を買い、リュドル嬢の時には王とうまくいき、
その後またモンテスパン夫人が盛り返したので悪くなりました。
フォンタンジュ嬢の時はとても良い関係になり、
今のマントノン夫人になってからはずっと良くありません。

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マザラン枢機卿は妹二人が生んだ7人の姪をイタリアからフランスに呼び寄せた。
この7人の姪たちは「マザリネット」と呼ばれ、フランス宮廷で王侯貴族の注目を集めた。
マザリネットは全員色黒でギョロギョロした眼をしていたため、
とても美人とは呼べなかったが、陽気で遊び好きなイタリア女性は魅力に映ったらしく、
オランピアとマリーはフランス国王ルイ14世の愛人になり、
オルタンスはイギリス国王チャールズ2世の愛人になった。

全員が愛人だったわけではありませんが、せっかくなので全員ご紹介します。
★は愛人、☆は非愛人


<ラウラ・マルゲリータ・マツァリーノ伯爵夫人の娘たち>

☆アンナ・マリーア・マルティノッツィ コンティ公アルマンと結婚

☆ラウラ・マルティノッツィ モデナ公爵アルフォンソ4世と結婚


<ジェローラマ・マツァリーノ男爵夫人の娘たち>

☆ラウラ・マンチーニ 通称ロール 
ヴァンドーム公爵ルイ2世と結婚

★愛人オリンピア・マンチーニ 通称オランプ 
ソワソン伯爵ウジェーヌ・モーリスと結婚

★愛人マリーア・マンチーニ 通称マリー 
パリアーノ公爵ロレンツォ・オノフリオと結婚

☆オルタンス・マンチーニ 通称オルテンシア 
メユライ公爵アルマン・シャルルと結婚

☆マリーア・アンナ・マンチーニ 通称マリー・アンヌ 
ブイヨン公爵ゴドフロワ・モーリスと結婚


左から マリー・アンヌ マリー オルテンシア
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オルテンシアとマリー
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☆アンナ・マリーア・マルティノッツィ コンティ公アルマンと結婚
1637-1672 35歳没

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☆ラウラ・マルティノッツィ モデナ公爵アルフォンソ4世と結婚
1639-1687 48歳没

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☆ラウラ・マンチーニ 通称ロール ヴァンドーム公爵ルイ2世と結婚
1636-1657 21歳没

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★愛人オリンピア・マンチーニ 通称オランプ ソワソン伯爵ウジェーヌ・モーリスと結婚
1638-1708 70歳没

*彼女の子供のうち何人かはルイの子供だと言われている。
母妃アンヌ・ドートリッシュはソワソン伯爵と結婚させて彼女を宮廷から追い出した。

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★愛人マリーア・マンチーニ 通称マリー パリアーノ公爵ロレンツォ・オノフリオと結婚
1639-1715 76歳没

*マリーアは色黒で痩せぎす、マザリネットの中で一番不器量だった。
器量が悪い娘には高い持参金を付けなければならなかったので、
当時の親は修道院に入れてしまうのが常だった。

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マリーア・マンチーニ

7歳の時にすでに母は美しくない私に見切りをつけて、
カンポ・マルツィオ修道院に入るようにと勧めたのです。

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高い教育を受け教養ある少女だったマリーは、
年下のルイに文学・絵画・哲学その他の手ほどきをした。
ルイは真剣にマリーと結婚しようと考えていたため、
母妃アンヌ・ドートリッシュは彼女をイタリアへ嫁がせて宮廷から追い出した。

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☆オルタンス・マンチーニ 通称オルテンシア メユライ公爵アルマン・シャルルと結婚
1646-1699 53歳没

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☆マリーア・アンナ・マンチーニ 通称マリー・アンヌ 
ブイヨン公爵ゴドフロワ・モーリスと結婚
1649-1717 68歳没

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★愛人 イギリス王女/義妹 ヘンリエッタ・アン
1644-1670 26歳没

*父王チャールズ1世が清教徒革命で処刑されたため、
妻子は妻の実家フランスに亡命、ヘンリエッタも幼い頃からフランス宮廷で育つ。
国王ルイ14世の弟フィリップ1世と結婚するが、
同性愛者の夫は美しいヘンリエッタに見向きもしなかった。
同情した義兄ルイ14世と不倫関係になるが、
周囲の目をを欺くために自分の女官ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールを
ルイ14世の偽の愛人としてカムフラージュにした。
ところがそのうちルイ14世が本当にルイーズに恋してしまい、
もともと許されない関係であったヘンリエッタはあきらめざるを得なかった。

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★愛人ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール/ヴァリエール夫人 庶子4人
1644-1710 66歳没 
*愛人期間6年。

美しい肌ブロンドの髪青い目甘い笑顔柔らかで穏やかな女性だったといわれている。
彼女は両足の長さが違ったため特別に作らせた靴を履いていた。
これはルイーズの初めての真剣な愛であった。
彼女は王の愛に誠実で、信仰が篤く、浪費家ではなく、金や称号に関心がなかった。
また、愛人という立場に罪悪感を持ち続けてたルイーズは王妃に対しても謙虚に接した。
王妃は彼女を「ノルマンディーの野に咲く可憐なすみれのような人」と表現した。
しかし王の寵愛がモンテスパン夫人に移る。
モンテスパン夫人も自分の身のまわりの世話をさせるなどルイーズを女官のように扱った。
宮廷の愛憎劇に疲れたルイーズは宮廷を去ることを決意し、
戒律が厳しいことで知られるカルメル会の尼僧院の尼僧となった。
尼僧院の苦行に耐えられるかと尋ねられたルイーズは
「私が宮廷で受けた苦しみに比べたらどんな苦しみにも耐えられます」と答えた。
宮廷を去る日ルイーズは王妃の足元に身を投げ出して許しを請うた。
王妃はキスの祝福をし黒いヴェール与えた。
王妃は精神的な慰めと休息のために度々ルイーズの修道院で逗留した。
王妃が修道院を訪ねると粗末な衣を着た小柄な修道女が
洗濯籠を抱えてびっこを引きながら中庭を通っていった。
王妃はさめざめと泣いたという。
恋敵モンテスパン夫人ですらルイーズの元へ出かけ彼女に助言を求めている。
ルイーズは彼女を許し助言した。
36年間の信仰生活ののち修道院の墓地に埋葬された。

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★愛人モンテスパン夫人/フランソワーズ・アテナイス・ドゥ・モルトマール 庶子7人
1640-1707 67歳没

モルトマール公爵令嬢、モンテスパン侯爵と結婚して一男一女を生む。
モンテスパン夫人は王妃の女官で、ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールと親友でもあった。
野心家のモンテスパン夫人はなんとか国王の愛人になりたいと
以前から機会をうかがっていた。
豊かな金髪の巻き毛、青い瞳、なめらかな白い肌、真珠のような歯、小さく愛らしい唇、
金髪に青い瞳の豊満な美女で快活で才気があり優れた話術と機知と
辛辣なユーモアを持ったモンテスパン夫人に王は急速に惹かれていった。
そして彼女を愛人にする。
政治には関心がなかったが宮廷で絶大な権力を振るうようになった。
次々と貴族と恋愛を繰り返し彼らの子供を生んだ。
宮廷内で女王然とふるまうようになり金に糸目を付けず豪華な宝石やドレスを注文した。
外国の使節の中には影の薄いマリー・テレーズより
目立つモンテスパン夫人を王妃だと誤解する者までいた。
当然このような目に余る態度は王妃や宮廷の人々の怒りを買った。
モンテスパン夫人の天下は13年にも及んだ。
度重なる出産のせいでかつての美貌は失われビール樽のように太った。
感情を抑制できず怒鳴り散らし子供も生みっぱなしで愛情を注がなかった。
子供たちが病気になった時つきっきりで看病するのは後の愛人マントノン夫人であった。
ルイ14世の寵愛に翳りが見え始めた。モンテスパン夫人は黒魔術を信じていた。
恋のライバルを蹴落とすために黒魔術を使い続けた。
そこで王の寵愛を再び取り戻そうと黒魔術師のラ・ヴォワザンを訪れた。
モンテスパン夫人はラ・ヴォワザンと共に黒ミサを行なった。
黒ミサではモンテスパン夫人が祭壇に裸で横たわり、
身体に生贄になった胎児の血が注がれた。
しかしラ・ヴォワザン他360人もの黒ミサ参加者が逮捕された。
捜査が進むにつれモンテスパン夫人が顧客だった事が明らかになった。
黒ミサ事件は一大スキャンダルとなった。
かつてはモンテスパン夫人に溺れきっていた王も
この頃には嫉妬心やヒステリックな性格にうんざりして嫌気がさしてきていたが
今回の事件で完全に愛想をつかしてしまった。
モンテスパン夫人は宮廷を出て修道院に入った。
モンテスパン夫人の気が変わらないうちにと
王はその後すぐに彼女の部屋を別の者に与えたという。

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★愛人フォンタンジュ夫人/マリー・アンジェリク・ド・スコライユ
1661-1681 20歳没

王弟オルレアン公爵の後妻リーゼロッテの女官。
フォンタンジュ夫人はは美人で絵画などにもよく描かれた。
ところが彼女は頭が良いとは言えず見た目と会話のギャップに人々はあきれ果てた。
ルイはしばらくはフォンタンジュに夢中だったが早々に飽きてしまった。

王の子を何人も生んで容色が衰え始めていた40歳のモンテスパン夫人にとって
18歳の愛人は脅威であった。
モンテスパン夫人は6頭立ての馬車が自慢だったが
フォンタンジュ夫人の馬車は8頭立てで豪華な物だったのでくやしがった。
しかしフォンタンジュ夫人は流産を機に醜く変貌した。
絶望した彼女は宮廷を去って尼僧院へ入ったが半年後に死亡した。
前年にラ・ヴォワザン事件があったので、モンテスパン夫人が毒殺したという噂も流れた。
またフォンタンジュ夫人の女官デズイエ犯人説もある。
デズイエもルイの寵愛を受け数人の子供を生んでいるのである。
陰の存在からフォンタンジュに取って代わろうとしたが
王がデズイエの子供たちを認知しようとしなかったため恨んでいたという経緯があった。

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ルイ14世の義妹 オルレアン公爵フィリップ1世の後妻 リーゼロッテの手紙

フォンタンジュ嬢は思慮深くはありませんが、心優しく天使のように美しい人でした。
王が彼女を愛していた時には、彼女はいつでも私にそばにいてほしいと頼むので、
私も常に王のおそばにありました。

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★愛人マントノン夫人/フランソワーズ・ドービニェ ・スカロン
1635-1719 84歳没

皮肉にもマントノン夫人と王を引き合わせたのはモンテスパン夫人だった。
子供たちのためにつけた家庭教師がマントノン夫人だったのである。
子供たちのうち特に長男のメーヌ公爵を実子のように可愛がった。
マントノン夫人は貧しい家庭の出で、困窮した一家は西インド諸島に渡った。
帰国して<西インドの乙女>というふれこみで、
作家ポール・スカロンのサロンに出入りし始める。
スカロンは下半身不随で車椅子を使っていたが、
多くの文人や貴婦人が出入りする有名なサロンの主人だった。
夫42歳&妻17歳で結婚、夫50歳&妻25歳で死別、子供は無かった。
未亡人となった後はいつも黒いドレスに身を包み、胸に十字架を下げていた。
彼女は気性の激しかったモンテスパン夫人と違って
信仰厚く謙虚で穏やかな優しい性格の女性だった。
王は献身的なマントノン夫人に魅かれ彼女と政治、宗教、国家財政など
重要な問題について語りあった。
王は「マントノン夫人は愛することはどのようなことか知っている。
彼女に愛されることは大きな喜びとなるだろう」と言った。

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セヴィニエ侯爵夫人の手紙

王様はまったく新しい国をお見つけになりました。
気づまりやいざこざのない友情というものに魅せられておしまいになったようです。

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黒ミサ事件に関わったモンテスパン夫人は急速に評判を落とし
王の最後のお気に入りフォンタンジュ夫人は宮廷を去り、
王妃マリー・テレーズが亡くなった。
王とマントノン夫人は私的な結婚式を挙げた。
マントノン夫人はヴェルサイユ宮殿の王の部屋と同じ階に
極めて豪華な私室与えられ皆は驚いた。
王は毎日彼女と過ごすようになった。
75歳になっても性欲の衰えないルイ14世について
「王は毎日でも性の交わりをご所望です」と王の司祭にこぼすと
「神は陛下を罪の汚れからお救いになるためにあなたを選ばれたのです」と答えた。
物も言いようである。
ルイ14世の死後彼女は宮廷を去った。
摂政であるオルレアン公爵フィリップ2世は彼女に高額な年金を与えて彼女に敬意を表した。

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ルイ14世の義妹 オルレアン公爵フィリップ1世の後妻 リーゼロッテの手紙

老婆〔マントノン夫人〕は、
王家のすべての人々が国王の不興を買うように仕向けて楽しんでいます。
王太子妃もお可哀想です。老婆の策略で悪く思われるばかりです。
王太子妃が、病気の子供たちのそばにいてあげたいので
もう数日サン・クルーに留まりたい希望を述べられただけで、
国王のそばにいたくないからそう言うのだと非難されるのです。
そこで国王と一緒にヴェルサイユへお供しますと言うと、
今度は子供たちを愛していないから
病気の子供たちの心配を何もしないと言われる有り様です。
老婆はこれまで10回以上も王太子妃が私に逆らうように仕向けました。
王太子妃に、国王に良く思われたいなら私との友情を断つように強要しました。
大臣たちはみな老婆におべっかを使い、へつらっています。
理性ある者や誠実な者は悲しんでいます。
彼らは至る所に紛れ込んでいる密偵を恐れつつ、貧乏暮らしを余儀なくされています。
不満を抱いてはいますが、どうにもならないのです。

今朝マントノン夫人の死を知りました。
メーヌ公爵夫妻の逮捕がマントノン夫人に衝撃を与え、
それ以降彼女は一瞬たりとも平穏で楽しい時を過ごせませんでした。
メーヌ公爵と一緒に国を支配したいという夢が破れた怒りをおさめられず、
それがもとで病気になって亡くなったのです。
全能の神がマントノン夫人をこの世から取り去り、
フランス全土が魔物から解放されました。
でも、30年前でしたらどんなに良かったでしょうに。

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★愛人カトリーヌ・ベリエ
1614-1689 75歳没

*ルイ14世の乳母。初体験のお相手。

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★愛人ガブリエル・ドゥ・モルトゥマール/ティアンジュ夫人
1633-1693 60歳没

*モンテスパン夫人の姉

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★愛人カトリーヌ・シャルロット・ド・グラモン/モナコ公夫人
1639-1678 39歳没

オルレアン公妃アンリエッタ・アンの女官。
彼女は美貌と知性で名を上げ宮廷の男性たちの視線を惹きつけた。
情事を謳歌しすぎて「連発屋」と呼ばれた。
兄はハンサムでフランス宮廷でも名高かったギーシュ伯爵アルマン。
アルマンは
オルレアン公爵フィリップ1世&アンリエッタ・アン夫妻両方の愛人であった。

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★愛人 アンヌ・ド・ロアン/スービーズ公爵夫人
1641-1709 68歳没

*スービーズ男爵フランソワ・ド・ロアンの妻
妻の働きのお陰で男爵から公爵に出世する。

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★愛人Bonne de Pons/marquise d'Heudicourt
1641-1709 68歳没

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★愛人Isabelle de Ludres/marquise de Ludres
1642-1726 84歳没

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by xMUGIx | 2003-03-07 00:00 | フランス
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