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ブルボン朝

国王アンリ4世の愛人


アンリ4世には生涯に50人もの愛人がいたと言われる。
実子も庶子も一緒に育てられていたが、
アンリは多すぎる子供の名前もその母親の名前も覚えらないため
いつもメモを持ち歩いていた。




★愛人Louise de La Beraudiere de l'Isle Rouhet/La belle Rouhet
1530-1586 56歳没

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★愛人 シャルロット・ソーヴ男爵夫人/ノアムーティエ侯爵夫人
1551-1617 66歳没

*姑カトリーヌ・ド・メディシスが送り込んだ愛人

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★愛人 フランソワーズ・ド・モンモランシー 通称フォスーズ
1566-1641 75歳没

*前妻マルゴの女官、当時15歳だった。

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★愛人 ディアーヌ・ド・アンドアン 通称コリザンド
グラモン伯爵夫人/ギーシュ公爵夫人
1554-1620 66歳没

*当時26歳の豊満な肉体を持つ未亡人

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★愛人 アントワネット・ド・ゲイシェルヴィル/ポンス伯爵夫人
1570-1632 62歳没

*当時28歳の未亡人

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★愛人 クロード・ド・ボヴィリエ

*修道院長




★愛人 ガブリエル・デストレ 庶子3人生む
1571-1599 28歳没

クーヴル侯爵アントワーヌ・デストレの娘。
桃色の肌に青い目、豊かな金髪の背が高くすらりとした美女だった。
彼女は類まれな実行力と外交手腕を兼ね備えていた。
戦地にも恐れることなく王に付き従い
軍が危機にさらされれば惜しげもなく自分の金庫から巨額を王に与え
激戦のなか自軍を叱咤激励する。戦場での生活も快適に整えた。
ガブリエルは妊婦でありながら隙間風の吹くテントに住んだ。
一日が終わると王に良質の食事を提供し王の衣類を自らから洗濯し
政治や外交の通信文を起草し夜には二人で作戦協議をした。
そして庶子2男1女を生む。

アンリは彼女の説得でプロテスタントからカトリックに改宗したため
パリで戴冠式を行うことができた。
アンリはガブリエルを妻に迎えるためローマ教皇にマルゴ王妃との離婚を申請した。
教皇はガブリエルがアンリをカトリックに改宗させた功績によりこれを認めた。
しかし結婚式目前、ガブリエルは4人目の子供を死産、本人も死亡した。
毒殺説もある。

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★愛人アンリエット・ダントレーグ/ヴェルヌイユ侯爵夫人
1579-1633 54歳没

国王シャルル9世の愛人マリー・トゥーシェの娘。
ガブリエル・デストレを喪った後に愛人となる。
母親仕込みのテクニックで、肉体関係を持つ前に10万エキュを要求した。
アンリ4世が10万エキュを渡すと、今度は結婚の約束を要求した。

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アンリ4世の誓約書 1599年10月01日

本日を起点とし、半年後にアンリエットが懐妊し男子を出産せる時、
正式なる妻とする。


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ところがアンリ4世は借金で首が回らなくなっており、
メディチ家から60万エキュの持参金付きの後妻をもらうことに決まってしまった。
かくして王妃マリーとアンリエットは同時に妊娠し、共に男子を生む。
誓約書を握っているアンリエットは、スペインと組んで自分の息子を王位につけようとする。
この陰謀が露呈し、アンリ4世はアンリエットを宮廷から追放した。
アンリエットはとてつもなく肥満して孤独のうちに55歳で亡くなった。

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★愛人 ジャクリーヌ・ド・ヴュエイユ/モレ伯爵夫人
1588-1651 63歳没

*金髪美人

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★愛人 シャルロット・デ・ゼサール/ロモランタン伯爵夫人/ヴィトリー公爵夫人
1580-1651 71歳没

*美乳の持ち主だった。

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★愛人 シャルロット・ド・フォンルボン




★愛人 シャルロット・ド・モンモランシー
1594-1650 56歳没

54歳のアンリ4世は15歳のシャルロットを見初めた。
アンリ4世は相手から結婚をせがまれないように、
まずシャルロットに無害な夫コンデ公爵アンリ2世をあてがった。
彼は背むしでどもりな上、同性愛者という噂もあったからである。
ところが40歳以上年上の王よりマシだと思ったのか本心からか、
夫妻は熱烈に愛し合うようになる。
国内国外を転々と逃げ回るコンデ公爵夫妻に、
フランスと反目していたスペイン国王フェリペ3世が援助を申し出た。
アンリ4世、フェリペ3世、コンデ公爵の3人がローマ教皇に相談を持ちかける事態となり、
15歳の娘をめぐって数ヶ月間ヨーロッパの政治情勢は緊張状態に陥った。
しかしシャルロットの父親がコンデ公爵との結婚の無効を訴え離婚が成立した。
ところがスペインはフランスへ渡る旅券をシャルロットに発行しなかった。
そこでアンリはスペインに宣戦布告した。大騒ぎである。
しかし運良くアンリ4世が暗殺されたためシャルロットは逃げ切り、
再びコンデ公爵と結ばれ3人の子供に恵まれた。

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by xMUGIx | 2003-03-02 00:00 | フランス
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