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by xMUGIx
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ヴァロワ朝

◆国王シャルル9世●実子ナシ
先代フランソワ2世の弟
1550-1574 11歳即位 24歳没

11歳で即位したため、母カトリーヌ・ド・メディシスが摂政となった。
幼少のころ結核に罹り病弱であった。
母は弟アンリを溺愛していたので、アンリに嫉妬を抱いて育つ。
血を見ると興奮するたちで、狩りで獲物を仕留めると嬉々として解体した。
また、貴族でも平民でも気に入った女は手当り次第強姦した。
しかしながら、シャルルは常に母妃カトリーヌ・ド・メディシスの影に怯え続け
母妃がサン・バルテルミーの虐殺を引き起こした時も眺めているしかなかった。

サン・バルテルミーの虐殺とは、
カトリックの妹マルゴ王女とプロテスタントのナヴァール王子アンリ4世の婚礼のために
パリに集まっていた何千人ものプロテスタントが虐殺された事件である。
シャルル9世はプロテスタントの愛人マリー・トゥーシェの影響もあり、
アンリ王子に随行してきたプロテスタント派のトップ ガスパール・ド・コリニーに心酔したため、
コリニーは宮廷で力を持つようになってしまった。
危機感を抱いた母妃カトリーヌは、
息子アンリ4世とギーズ公爵アンリに命じてコリニーを暗殺させる。
これにプロテスタント側が激怒、最初はプロテスタント側の幹部だけを標的としていた
カトリック側も方向転換を迫られ一般市民まで殺戮するに至る。
恐怖したシャルル9世は途中で何度も中止命令を出すが、
虐殺は全国に波及しパリで数千人、地方で数万人の国民が死んだ。
シャルル9世は虐殺事件のショックから抜け出せないまま2年後に急逝する。

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■妻 エリザベート・ドートリッシュ←エリーザベト・フォン・エスターライヒ
オーストリア皇帝マクシミリアン2世の娘
1554-1592 16歳結婚 38歳没

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★愛人マリー・トゥーシェ
役人ジャン・トゥーシェの娘
1549-1638 89歳没

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シャルルが秘かに憧れていた
兄嫁メアリー・ステュワートに似ていたことから愛人にした。
しかしマリーはプロテスタントだったため
危惧した母カトリーヌがオーストリアのエリザベートとの縁談を進めた。

エリザベートは無邪気なほど一途に夫を愛したが、
あまりにも子供っぽいあからさまな愛情表現は宮廷人の失笑をかった。
当時もっとも洗練されていたフランス宮廷では
このような素朴さは美徳ではなかったからである。
シャルルも新妻に飽きて再びマリーに溺れる日が続いた。

王妃は結婚から3年半で未亡人となった。二人の間に子供はなかった。
未亡人となったエリザベートに夫の弟アンリ3世が求婚したが
断って実家オーストリアに戻った。
その後再婚はしなかった。
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by xMUGIx | 2003-02-16 00:00 | フランス
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