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ヴァロワ朝

◆国王アンリ2世
先代フランソワ1世の子
1519-1559 28歳即位 40歳没

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■妻 カトリーヌ・ド・メディシス←カテリーナ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ
ウルビーノ公ロレンツォ2世・デ・メディチの娘
1519-1589 14歳結婚 70歳没

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アンリ2世は背が高く美男だったが、気難し屋で知られていた。
父王の身代わりとして兄と2人4年間もスペインで人質となっていたことによる。

唯一気を許したのは、後に愛人としたディアーヌ・ド・ポワチエ。
もともと王の家庭教師で、人質としてスペインに行く際にも見送り、
無事戻ってきた時も出迎えたのがディアーヌであった。

カトリーヌは生後まもなく両親を亡くしたためローマ教皇クレメンス7世が後見人であった。
クレメンス7世はカトリーヌをフランソワ王太子と結婚させたかったが
フランス側は「商家の娘」を王太子妃として迎えるのに難色を示し
二男の嫁に決まったという。
しかしフランソワ王太子が急死したためアンリ2世が即位する。
自分の夫を王座につけるために
カトリーヌが王太子に毒を盛ったのではないかという噂が立つ。
カトリーヌの黒い噂の始まりである。

彼女は小肥りでメディチ家特有のぼってりとした鼻と突き出した大きな目
唇は薄く締まりのない口元をした不細工な王妃であった。

アンリはカトリーヌが嫁ぐ前から家庭教師であった20歳も年上の
ディアーヌ・ド・ポワチエ夫人と長く愛人関係にあった。
カトリーヌにとってディアーヌはライバルであるとともに
押し付けがましい年上のイトコでもあった。
あらたに美しい妃が来るよりはカトリーヌのほうがましだと考えたディアーヌは
王妃に子供をプレゼントするために一計を案じた。
まず王に自分とギリギリまでセックスをさせフィニッシュを王妃で済ませるのだ。
王妃はこの屈辱的な方法で王子を生むことができた。

カトリーヌは嫉妬を病的にまで深く内向させてゆき魔術にのめり込むようになる。
魔術師や占星術師などいかがわしい人物を身近に置き黒ミサに凝るようになった。
かの有名なノストラダムスは彼女のお気に入りの一人だった。

エリザベート王女がスペイン王フェリペ2世と結婚した。
祝宴の際の馬上槍試合に参加した父王アンリ2世は
モンゴメリー伯の槍に目を貫ぬかれ死亡した。
カトリーヌはモンゴメリー伯を決して許さずイギリスに逃れていた彼を殺害させたという。

アンリが死んでカトリーヌは今まで溜まりにたまった嫉妬や屈辱を晴す時が来た。
カトリーヌは王がディアーヌに贈ったもののリストを作っており
王の死後直ちにディアーヌにその全ての返還を迫った。
さらに王の葬儀にも招かなかった。そして宮廷からディアーヌを追放した。
現代になってディアーヌの遺体を調べると高濃度の金と水銀が検出された。
ジエチルエーテルに塩化金を溶かした「金のエリクサー」による
金中毒で毒殺された可能性が高い。

次にカトリーヌは9歳で即位した息子のシャルル9世の摂政となり政治にも乗り出していった。
いったん堰を切って爆発したカトリーヌの鬱憤はもう止めようがなかった。
気に入らないことが少しでもあると容赦なく側近を鞭で打ったり
邪魔と思われる人物は毒殺・暗殺を平気でやってのけるような陰湿な人間になってゆくのである。
彼女は黒い喪服を着て修道女のような姿をしてストイックに陰謀にのめり込んだ。
300人の美女くの一軍団<エスカドロン・ヴォラン>を作り、
要人にあらゆるハニートラップを仕掛けた。

カトリーヌによって当時はフランスより先進国だったイタリアの文化がもたらされた。
アイスクリーム、マカロン、フォークやナイフ、バレエなどなど。 




●フランソワ2世
次代国王

●エリザベート 
スペイン国王フェリペ2世の計4回の3番目の妻・本人死別

●クロード 
ロレーヌ公シャルル3世と結婚

●シャルル9世 
次々代国王

●アンリ3世 
次々々代国王

●マルグリット 
国王アンリ4世の前妻・離婚

●エルキュール・フランソワ 
アランソン公爵・未婚

●庶子ディアーヌ・ド・フランス 生母フィリッパ・ドゥーチ/フィリッピーヌ・デデュックの子 
カストロ公オラツィオ・ファルネーゼと結婚死別・フランソワ・ド・モンモランシーと再婚




カトリーヌが作った300人の美女くの一軍団<エスカドロン・ヴォラン>の最大の成果は、
ブルボン兄弟に対するハニートラップである。
兄はヴァンドーム公爵アントワーヌ、弟はコンデ公爵ルイ1世、
プロテスタント陣営のトップの地位にあった。
しかし兄アントワーヌはナヴァール王国女王ジャンヌ・ダルブレと結婚して
プロテスタントに改宗したものの、軽佻浮薄で女好きだった。
一方弟のルイは猫背で不細工だったが、
頭の良さや豪胆さはプロテスタント陣営で最高の切れ者として通っていた。

そこでカトリーヌは<エスカドロン・ヴォラン>最高の美女
ルイーズ・ド・ラ・ベロディエールをアントワーヌに差し向けた。
ルイーズの魅力の虜となったアントワーヌは、
プロテスタントからカトリックに再改宗してしてしまう。
プロテスタントの総大将が信仰を捨て、
敵の陣営に寝返ってしまうという前代未聞のハニートラップが成功したのである。

次にカトリーヌは<エスカドロン・ヴォラン>の美女
マドモワゼル・ド・リムーユを弟ルイに差し向けた。
ルイもまたプロテスタント陣営を裏切り、カトリーヌ陣営に加わった。
しかしプロテスタント陣営も目には目を女には女という訳で、
妻を亡くしていたルイにプロテスタントの美女
ロングヴィル伯爵令嬢フランソワーズ・ド・ロングヴィルを紹介、
ルイはフランソワーズと再婚して、マドモワゼル・ド・リムーユを捨ててしまう。
カトリーヌは戻って来たマドモワゼル・ド・リムーユを
フィレンツェの裕福な銀行家に嫁がせてやり、彼女は贅沢三昧の生涯を送った。
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by xMUGIx | 2003-02-12 00:00 | フランス
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