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ヴァロワ朝

◆国王シャルル8世●実子ナシ
先代ルイ11世の子
1470-1498 13歳即位 28歳没

*鴨居に頭をぶつけて死亡。

父王にとって唯一の嫡男だったので超過保護に育つ。
過保護と言っても溺愛ではなく、
王位継承者として死なないようにほどんど監禁されて育つ。
父王は医師を常駐、兵士に厳重に守らせ、毎日詳細な報告書を提出させたが、
息子に2回しか会いに行かなかった。
そのため王は世間知らずで夢見がちな性格に育つ。

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★元婚約者 マルグリット・ドートリッシュ←マルガレーテ・フォン・エスターライヒ
オーストリア皇帝マクシミリアン1世の娘
1480-1530 50歳没

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■妻 アンヌ・ド・ブルターニュ ブルターニュ女公
ブルターニュ公フランソワ2世の娘
1477-1514 37歳没

*14歳で国王シャルル8世と結婚死別、22歳で国王ルイ12世と再婚

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ルイ11世は王子シャルル8世の嫁にと
オーストリア皇帝マクシミリアン1世の娘マルグリットを拉致した。
シャルルは彼女より一回り年上の病弱で器量も悪い王子だった。
フランスでは虚弱体質の王家にやっと元気旺盛なマルグリットの血が注がれると
彼女が早く適齢期になるのを楽しみにしていた。
フランス式の教育を受け愛らしく聡明なまわりを明るくさせるような少女に育った。
フランス生活も10年となった頃、
父マクシミリアン1世が敵国フランスを東西から挟むために
ブルターニュ女公アンヌと再婚することを決意した。
慌てたフランスのシャルル王子はブルターニュ公国を攻撃しアンヌを奪って妃とした。
こうなればシャルルは婚約者マルグリットをフランスから追い出すしかなかった。
人々は愛らしく聡明なマルグリットの代わりに不細工なアンヌを娶れねばならないとは
シャルルも気の毒なことだと嘆くと同時にマルグリットとの別れを心から惜しんだ。
こうしてマルグリットは幸運にも故郷に戻ることができた。

シャルルは鴨居に頭を打ちつけ頭蓋骨骨折で亡くなった。
シャルルの死後アンヌ王妃はルイ12世の2番目の妻となった。
足が悪く不細工と言われながら二人の国王の王妃となった珍しい人物である。
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by xMUGIx | 2003-01-22 00:00 | フランス
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