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by xMUGIx
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ヴァロワ朝

◆国王シャルル7世
先代シャルル6世の子
1403-1461 19歳即位 58歳没

兄たちが続けて亡くなったためシャルルが王太子となった。
母イザボーは淫乱王妃と呼ばれたので
シャルルは正統な子ではないのか狂人の子なのかという
究極の選択に悩むことになった。
シャルルは道化のような顔とX脚をした弱々しい小男だった。
女性にはだらしなく手当たり次第と言っていいほどの女たらしだった。

ジャンヌ・ダルクの参戦がきっかけで形勢が逆転。
ジャン2世が失った領土を奪還。王位もフランスに戻った。
ここに百年戦争は終結した。

シャルルは晩年息子ルイ11世との対立に苦しみながら亡くなった。
息子との争いで毒殺されることを恐れて
食事を拒み餓死したとも言われている。
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■妻 マリー・ダンジュー
アンジュー公ルイ2世の娘
1404-1463 18歳結婚 59歳没
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★愛人アニェス・ソレル 王妃の女官 庶子3人生む
1422-1450 28歳没

*フランス史上初の公妾となる。
王ははアニェスの死後数人の愛人を持ったが公妾はアニェス一人だった。

*もともとは男性の宝石だったダイアモンドを初めてアクセサリーにした女と言われる。

*「美の国の貴婦人」と呼ばれた。
シャルルはアニェスに出会った瞬間からその妖艶な美しさの虜になり
すっかり魂を抜かれてしまった。
シャルルはアニェスと離れたくなかったので公式の場にも彼女を連れて行った。
王妃はアニェスの美しさにはかなわないと思ったのか夫の愛人の存在を認めた。
こうしてフランスで初めて公式の愛妾=公妾という存在が誕生した。
その後アニェス15年にわたって絶大な影響力を誇った。
顔だけでなくスタイル抜群のアニェスは特に胸が自慢で
片方の胸を丸出しにしていたのでさすがに周囲は眉をしかめた。
しかしシャルルは片胸を出した姿を好み何枚も絵に描かせている。

アニェスは28歳で急死する。
アニェスの遺骨を調べたところ死因は水銀中毒であったことが判明した。
しかしながら、当時の化粧品には水銀が使われていたため、
毒殺なのか否かはわからない。


アニェスは片乳を出して宮廷を歩き回ってたってこと!?
舞踏会にも片乳ドレスで登場したんだろうか。
そしてこの片乳見せは流行したんだろうか。うーむ。
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●ルイ11世 次代国王
●カトリーヌ 
ブルゴーニュ公シャルルの1/3番目の妻
●ヨランド 
サヴォイア公アメデーオ9世と結婚
●ジャンヌ 
ブルボン公ジャン2世と結婚
●マドレーヌ 
ビアナ公ガストン・ド・フォワと結婚
●シャルル 未婚
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by xMUGIx | 2003-01-20 00:00 | フランス
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