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by xMUGIx
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アブスブルゴ朝

◆国王フェリペ4世
フェリペ3世の子
1605-1665 16歳即位 60歳没
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16歳で即位したが父フェリペ3世が政治に関心のない王であったので
息子のフェリペ4世もそれにならった。
溺愛されて育ったので真面目に政務に取り組むことはなかった。
「彫刻のように顔の表情を全く変化させずに従臣や外交官たちと会話し
演劇にも同じように平然と出席している」
フェリペ4世の四大関心事は観劇・狩猟・闘牛そして女だった。
女であれば、未婚・既婚・未亡人でも見さかいなく、修道院に忍び込もうとしたこともあった。
少年の頃から何十人も私生児がいたが面倒を見ることもなかった。


★愛人マリア・カルデロン/ラ・カルデローナ
1611-1646 35歳没
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●庶子ドン・ファン
1629-1679 50歳没
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しかし女役者マリア・カルデロンとの私生児ドン・ファン・デ・アウストリア2世だけは
大のお気に入りで公式に王子と宣言し相応の待遇を与えた。
ドン・ファンは大変美しく、学問、音楽、絵画などあらゆる才能を兼ね備えていた。

王妃や子供たちはこの愛人の子を「我が愛する息子」「我が愛する兄弟」と呼ばなければならず
不快感を隠せなかった。


■前妻 イサベル・デ・ボルボン←エリザベート・ド・ブルボン 死別
1602-1644 12歳結婚 42歳没
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フランス宮廷に育ったイサベラは明るく頭の良い洗練された美しい王女であった。
性格も陽気で外交的、夫と同じく演劇や闘牛を好み、二人で遊び歩いた。
夫婦仲は良かったが、フェリペは女遊びが止まらなかった。
イサベラもビリャメディーナ伯爵など複数の愛人を持った。


■後妻 マリアナ・デ・アウストリア←マリア・アンナ・フォン・エスターライヒ
オーストリア皇帝フェルディナント3世の娘 伯父と姪の近親再婚
1634-1696 15歳結婚 62歳没
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マリアナはもともとバルタサール皇太子の婚約者だったが、
早逝したため彼の父フェリペ4世の後妻となった。

マリアナは不細工だった。
顔色は青白く鼻は異常に長く唇は垂れ下がり性格は穏やかだが面白みに欠け華やかさもない。
もともとは明るく朗らかな王女であったが
ウィーン宮廷より陰鬱で堅苦しいスペイン宮廷と30歳も年上の夫の放埓な生活が
彼女の顔から笑みを奪い次第に気難しく引っ込み思案になっていった。
前妻の娘マリー・テレーズ王女はマリアナより4歳だけ年上だったので二人は仲が良かった。
しかしマリア・テレーズ王女がルイ14世の妻としてフランスへ去ってしまうと
自室にこもって泣き崩れる毎日だった。
唯一彼女の心を慰めてくれたのはニートハルト神父だった。

マリアナは自分の王子の存在を脅かすドン・ファンを蛇蝎のごとく嫌い
「我が愛する息子」と呼ぶことも断固拒否した。

夫が亡くなると3歳の国王カルロス2世の摂政となり亡くなる年まで影響力を保持した。


★王妃の愛人ニートハルト神父
1607-1681 74歳没
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夫の死後、息子国王カルロス2世の摂政となったマリアナ王妃は、
政治の門外漢であるニートハルト神父を重用する。




●前妻の子 バルタサール 皇太子 早逝
●前妻の子 マリア・テレサ→王妃マリー・テレーズ 
フランス国王ルイ14世と結婚
●後妻の子 マルガリータ 
オーストリア皇帝レオポルト1世の1/3番目の妻・本人死別・叔父と姪の近親結婚
●後妻の子 カルロス2世 次代国王
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by xMUGIx | 2006-01-14 00:00 | スペイン
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