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ハプスブルク=ロートリンゲン朝

◆皇太子ルドルフ 父より先に亡くなったため即位できず
先代フランツ・ヨーゼフ1世の子
1858-1889 31歳没*愛人とピストル心中

ルドルフ皇太子は厳格な祖母ゾフィーによって苛烈なスパルタ式教育を受けた。
その影響でルドルフは暴力的で神経過敏かつ虚弱体質の恐怖心の強い子供となった。
オーストリアの屋台骨がきしみ始めていると理解していたルドルフは
オーストリアを近代国家に改造すべく奔走した。
しかしその熱情はカビのはえた国体の維持にしか頭にない父帝には理解されなかった。
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■妻 シュテファニー・フォン・ベルギエン←ステファニー・ド・ベルジック
ベルギー王レオポルド2世の娘
1864-1945 17歳結婚 81歳没

皇太子の妻に相応しい身分で適齢期であり血縁がさほど近くないカトリックの王女は
ステファニーしかいなかった。
二人の間には王女エリーザベトが生まれたが
「髪はぼさぼさで、眉毛は薄く、正視に耐えなかった」といわれる妃との不仲は深刻なものだった。
結婚5年にして皇太子は性病にかかり、妻にも感染してしまい、夫婦関係は決定的になった。
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★皇太子の愛人ミッツィ・カスパル
1964-1907 57歳没

ルドルフは父帝と妻からの現実逃避をしてモルヒネと女性に溺れてゆく。
一番のお気に入りは高級娼婦のミッツィ・カスパルであった。
ルドフルはミッツィに累計3億円も貢いだ。
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★皇太子の愛人マリー・ヴェッツェラ
1871-1889 18歳没

やがてルドルフはステファニーとの離婚を求める書簡を教皇に送った。
それが父帝の知るところとなり厳しい叱責を受けた。
さらに性病も末期症状を迎えていた。
厭世的になったルドルフはミッツィ・カスパルに心中を持ちかけるが断られたため、
他の交際相手男爵令嬢マリー・ヴェッツェラとマイヤーリングの狩猟館でピストル心中した。
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■皇太子妃の再婚相手 ローニャイ・エレメール伯爵
1863-1946 83歳没 

皇太子妃ステファニーは男子が生まれる可能性が無くなったうえ
夫のスキャンダルのせいでウィーン宮廷から出ることを余儀なくされた。
ステファニーは父王と折り合いが悪く実家に戻ることもできない。
そしてハンガリー貴族ローニャイ・エレメール伯爵と貴賤再婚をした。
赤軍が迫ると夫妻はパンノンハルマの大修道院に避難しステファニーはここで亡くなった。
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●子は皇女エリーザベト
1883-1963 80歳没
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■前夫 オットー・ヴィンディッシュ・グレーツ侯爵 貴賤結婚
1873-1952 79歳没

若いエリーザベトは女たらしの美男将校オットーに一目ぼれした。
周囲は反対したが、帝位継承権を捨てて彼と結婚した。
子供たちに恵まれたが、夫の浮気癖のため夫婦仲は悪くなっていった。
エリーザベトも負けずに複数の男性とアバンチュールを楽しんだ。
皇帝フランツ・ヨーゼフの死により夫婦関係は崩壊し、激しい離婚訴訟に至る。
法廷は子供全員の親権を夫に与えたため
エリーザベトの元に警察が来て子供を連れ去ろうとした。
同情したオーストリア社会民主党の運動員たちがこれを阻止した。
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■後夫 レオポルト・ペツネック
1881-1956 75歳没

これをきっかけに社会民主党の指導者レオポルト・ペツネックと再婚して
社会民主党にも入党して世間を驚かせた。
エリーザベトは「赤い皇女」と呼ばれた。
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*エリーザベトは79歳で亡くなる。
遺品や絵画はすべて国に寄贈するという遺言を残した。
ハプスブルク家のものは国に返すべきという考えに基づいて行なった事だった。
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by xMUGIx | 2001-02-14 00:00 | オーストリア
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