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ハプスブルク=ロートリンゲン朝

皇帝フランツ・ヨーゼフの愛人


★愛人アンナ・ナホフスキー
1860-1931 71歳没
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★愛人カタリーナ・シュラット
1853-1940 87歳没
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カタリーナは裕福な食料雑貨商の娘に生まれ舞台女優となった。
ハンガリー貴族のキス・フォン・イッテベ男爵と結婚し息子を生んだが離婚して
息子と共にウィーンに戻り女優活動を再開した。

夫のフランツ・ヨーゼフがカタリーナに魅かれているのを知った皇后エリーザベトは
二人の仲を取り持った。
当時フランツ・ヨーゼフにはアンナ・ナホフスキーという愛人がいたが
彼の気持ちはカタリーナへと移っていった。

カタリーナは宮殿の隣の館に住んだが
エリーザベトの居間を通ってフランツ・ヨーゼフに会いに行き
フランツ・ヨーゼフとカタリーナの喧嘩が長引くと夫の機嫌が悪くなるので
エリーザベトが仲直りをさせていた。
娘のマリー・ヴァレリー皇女は日記に書いている。
「この三人の関係はわけがわからない」

金銭感覚がルーズなカタリーナは時にカジノで借金を作ったりしたが、
皇帝は気前よく支払ってやった。
女優を引退しスイスに引きこもったカタリーナに向けて
フランツ・ヨーゼフが「帰ってきてくれ」と新聞広告を出したために
国民の顰蹙をかうという事件も起こった。

息子が死に、弟が死に、妻も死んだ。
フランツ・ヨーゼフがリラックスできるのは
愛人カタリーナ・シュラットの屋敷でコーヒーを飲むひとときだった。
彼女は30年に渡りフランツ・ヨーゼフのオアシスとなった。
確実に皇帝を笑わせることのできる唯一女性だった。

86歳で皇帝が亡くなった時カタリーナは66歳だった。
愛人だった時に手に入れた不動産や宝石を売って家族を養った。
社交界からは完全に身を引き宗教にのめり込む毎日を送った。
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by xMUGIx | 2001-02-12 00:00 | オーストリア
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