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by xMUGIx
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ハプスブルク朝

◆女帝マリア・テレジア
先代皇帝カール6世の子
1717-1780 23歳即位 63歳没


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プロイセン大使の証言 当時30歳のマリア・テレジアについて

丸くふっくらとした顔つきと広い額、形の良い眉毛、赤みがかっていないブロンドの髪。
目は大きく生き生きとして、同時に柔和である。明るいブルーの瞳が寄与している。
鼻は小さく、曲がってもおらず、上を向いてもいない。
口は比較的大きいが、歯は白く、微笑む感じが良く、首とノドの形もとてもいい。
顔の表情は明るく、晴れ晴れとしている。
美しい女性であることは否定のしようもない。

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■夫 フランツ・シュテファン・フォン・ロートリンゲン
ロレーヌ公レオポルト・ヨーゼフの息子
1708-1765 28歳結婚 57歳没
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カール6世はマリア・テレジアに王位を継がせるために
女子も相続可能であるという王位継承法を制定しておいた。

マリア・テレジアには意中の男性がいた。
マタイトコのフランツ・シュテファンである。
父帝も彼がお気に入りだったため二人の結婚を認めた。

幸福もつかのま父帝が病死した途端
王位継承法を無視して各国が禿鷹のように攻め込んできた。
彼女はまだ23歳さらに妊娠中であった。
しかし彼女は強靭な精神力でハプスブルク帝国を守り抜いたのである。

特に女帝を激怒させたのはプロイセン国王フィリードリッヒ2世であった。
彼は皇太子のとき軍人王と呼ばれた父フリードリヒ・ヴィルヘルム1世から
軟弱であることを理由に殺されそうになったところを皇帝カール6世に命を助けられたことがある。
そんな大恩人の国に対して宣戦布告をしてきたのである。
これから二人は生涯にわたるライバルとなる。

彼女はハプスブルク帝国を統治しながら20年間の間に16回の出産をした。
実はマリア・テレジアは「女帝」ではない。
入り婿の夫が不満を持たないように皇帝の称号はフランツに与えたのである。
神聖ローマ帝国皇帝フランツ1世・・・って誰も知らないよね。
フランツが政治に向いていないことは自他共に認めるところであった。
その代わり財政管理の才能があり妻にせっせと軍資金を与え、いわゆる内助の功を発揮した。
彼は時々浮気をしたがマリア・テレジアは
夫が宮廷で軽んじられていることをわかっていたので目をつぶっていた。
またいちいち騒ぎ立てるだけの暇もなかったとも言える。
フランツは芝居の帰りに発作を起こし急逝した。
女帝の嘆きは深く亡くなるまで喪服で通した。

*民衆に純潔を要求したマリア・テレジアは、<純潔監視官>制度を作った。
女性の後をつけて監視し、行動を記録に録って報告する。
もし不純行為があれば、男には高額の罰金、女には4年間の修道院入りが科せられた。




●長女アンナ 修道院送り
●ヨーゼフ2世 次代皇帝
●二女クリスティーナ 
ポーランド王子アルベルト・カジミールと結婚
●三女エリーザベト 修道院送り
●四女アマーリア 
パルマ公フェルディナンドと結婚
●レオポルト2世 次々代皇帝
●五女ヨハンナ 
ナポリ王フェルディナント4世の婚約者・結婚前に死亡 
●六女ヨーゼファ 
ナポリ王フェルディナント4世の婚約者・結婚前に死亡
●七女カロリーナ 
ナポリ王フェルディナンド4世と結婚
●フェルディナント・カール 
モデナ公女マリーア・ベアトリーチェと結婚
●八女マリア・アントーニア→王妃マリー・アントワネット 
フランス国王ルイ16世と結婚
●マクシミリアン・フランツ 聖職者


女帝一家
画面奥まで延々と子供が並んでいてちょっと怖いです・・・
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by xMUGIx | 2001-02-01 00:00 | オーストリア
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