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ハプスブルク朝

オーストリア皇太子フィリップ&スペイン女王フアナの子供


●レオノール 
ポルトガル国王エマヌエレの3/3番目の妻・相手死別、フランス国王フランソワ1世の後妻
●カルロス オーストリア皇帝カール5世/スペイン国王カルロス1世となる
●イサベル 
デンマーク王クリスチャン2世と結婚
●フェルナンド オーストリア皇帝フェルディナント1世となる
●マリア 
ハンガリー・ボヘミア王ラヨシュ2世と結婚
●カタリナ 
ポルトガル王ジョアン3世と結婚


オーストリア皇帝マクシミリアン1世は孫たちを使って各国との政略結婚に励んだ。
「戦争は他家に任せておけ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」との家訓の通り。




●レオノール
1498-1558 60歳没
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■前夫 ポルトガル国王エマヌエレの3/3番目の妻・相手死別
1469-1521 52歳没
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■後夫 フランス国王フランソワ1世の後妻
1494-1547 53歳没
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フランス国王フランソワ1世はスペインの捕虜となった時に和平の印として
スペイン国王カルロス1世の姉エレオノールと政略結婚することを約束させられた。
そこでフランス国王フランソワ1世の2番目の妻→エレオノール王妃となった。
夫は二人の愛人をはべらせて会議に現れたり性病をうつされたりした。




●カルロス オーストリア皇帝カール5世/スペイン国王カルロス1世
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●イサベル 
1501-1526 25歳没
デンマーク王クリスチャン2世と結婚
1481-1559 78歳没
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クリスチャン2世は「悪党」というあだ名を歴史にとどめた男である。
スキャンダラスな生涯を送った無知無道な国王だった。
クリスチャンは少年時代から粗暴で無教養な手におえない王子だった。
彼は悪友と罪もない市民を脅し、良家の娘たちを乱暴した。
イサベルは彼に初対面した時
手入れもしていない赤毛の髪と髭をたくわえた恐ろしい顔の巨漢と結婚したことを知ったのである。
そのうえ夫は愛人デューヴェケを寵愛していたため愛人の一族に囲まれての生活が始まった。
イサベルは長い間理不尽な扱いに耐えてきたが夫の愛人が急逝した。
時を同じくしてデンマークの支配下にあったスウェーデンが反乱を起こした。
デンマーク王はスウェーデン貴族600人を処刑した。「ストックホルムの大虐殺」である。
ついにデンマーク国民の忍耐も限度を越え国王夫妻と子供たちはネーデルランドへ逃げた。
育ての叔母のマルグリットが子供たちを引き取ったがイサベルは夫と別れることを拒んだ。
そして貧困の中で25歳で亡くなった。典型的なDV妻ってやつでしょうか?




●フェルナンド オーストリア皇帝フェルディナント1世
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●マリア 
1505-1558 53歳没
ハンガリー・ボヘミア王ラヨシュ2世と結婚
1506-1526 20歳没
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マリアはラヨシュ2世の元に嫁いだ時に、夫が側近たちに翻弄されていると見抜いた。
マリアが到着した翌日からラヨシュは周囲の言いなりになることを断固拒否し始めたのである。
幸福な生活もつかの間トルコがハンガリーを攻めてきてラヨシュは戦死してしまう。
ところがラヨシュの死によりハンガリーとそれに付随するボヘミアの継承権が
ハンガリー王女アンナの夫であるフェルディナント1世の元に転がり込んできたのである。
これによりオーストリア=ハンガリー=ボヘミアという三国がハプスブルク家に統合された。
ネーデルランド総督叔母マルグリットの死により新たな総督に任命された。
そして叔母と同じようにイサベルの遺児を育てた。




●カタリナ 
1507-1578 71歳没
ポルトガル王ジョアン3世と結婚 イトコ結婚
1502-1557 55歳没
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by xMUGIx | 2001-01-05 00:00 | オーストリア
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